![]() (佐藤家の日常から44)
![]() ![]() ● 半年前のこと
ゆーたが中学進学したのを祝って東京にいる二番目の弟からプレゼントが届いた。
そのプレゼントとは何とトランシーバー。もちろん、ゆーたのリクエストなのだが、父も母も面食らったように、その要望を聞いた弟も意表を突かれたらしい。中学に入学したとはいえ、まだまだ子どもなのである。
それでも弟は秋葉原に出かけるなどして、かなり高級なやつを送ってよこした。子どものおもちゃではなく、スキー場などで使用されている防水タイプのやつで、電波を遮るものがないところでは数キロ、市街地でも数百メートルで会話が可能という優れものだ#1.。スキー場で男女が愛の言葉を交わすこともできるぞ。スキーやったことないけど。
それにしても何でトランシーバーなんだ。ゆーた。例によって「欲しかったから」などという曖昧な返答しかないが、父が想像するに
という経緯で手に入れたトランシーバー。ここでゆーたは重大な事実に気が付く。そうなのである。「相手がいないと会話できない」#2.。当たり前だ。誰と話すんだ、ゆーた。
まあ小旅行などに行ったときなどに、遊びとして楽しく使えるだろうが、商品が届いてからしばらくはそんな予定もなく。寂しく茶の間とゆーたの部屋で、ガイやばーちゃんと「今、テレビ見ています。どーぞ」「アイスコーヒー作ってください。どーぞ」などという、それじゃ単なるインターホンじゃん!という、高級トランシーバーとして世に出された商品としてのプライドを打ち砕くような境遇に置かれていたのであった。
● とある日曜日のこと
初めてトランシーバーの片方がアウトドア仕様を発揮した。嫌がるばーちゃんを説得して、ゆーたはばーちゃんの散歩への携帯を強要したのだ。
「おばーちゃん。今どこですか。どーぞ」
「今、玄関出たばかりだから、すぐそこです。どーぞ」 「今どこですか、どーぞ」 「三峰病院の下を歩いています。どーぞ」 「今どこですか。どーぞ」 「もう帰ってきたから、すぐそこです。どーぞ」
と、およそ高級トランシーバーの使命を果たしているとはいえない、おバカな
使われかたをされていたらしい。
それにしてもトランシーバー片手に散歩しながら「どーぞ」なんて言っているばーさんを、通りすがりの人やドライバーはさぞ不審に思ったことであろう。しかも三峰病院には神経科も精神科もあるのだし、どーも状況はばーちゃんにとって芳しいものではない#3.に違いなく、その後散歩に持って行かれることはなかった。
そんなゆーたを哀れに思ったのが、いくら負けず嫌いで男勝りとはいえ母性のあるガイであった。近くの気仙沼市体育館とはかろうじて電波が届くので、「ゆーた。今何してますか。どーぞ」「もう少しで帰ります。どーぞ」などと会話をしてあげていた。
● さらにある日のこと
寝室の方からガイの笑い声が聞こえてきた。たまに夢を見て笑っていることもあるやつなので、「どれどんな顔しているんだろ」とこっそりベッドをのぞいた。
するとそこにはトランシーバーを手にゆーたと会話するガイがいた。ゆーたの寝室との距離わずかに3メートル。感度は抜群!なのは分かるが、「おやすみコール」をトランシーバーでしなければいけないんだろ?「お母さんは眠いので、もう寝ます。どーぞ」「おれは、まだ眠くありません。どーぞ」「眠いです。どーぞ」「お姉ちゃんが自分の部屋で歌ってます。聞こえますか。どーぞ」「眠い。どーぞ」‥‥などと、高級トランシーバーの価値を粉々にする会話が続いていた。
弟よ!君が奔走してゲットしてくれた高級トランシーバーは、このような運命にあるのだ。「ああ。できればスキー場でナイスなカップルの愛の言葉を伝えたかった」と自らの不運を嘆いているかもしれない。いつかアウトドアで、ガイと愛の会話でも交わしてみようかな(大うそ)。
( のりお )
![]() ![]() ▲あずみによる脚註
のりおくんさあ、ふつうこういうのって父親がつき合ってやるんじゃないのか。いまからでも遅くないから、ゆーたをつれて近所の山に探検にでも行ってくるといいかも。
1.) 優れものだ:
パナソニックのRJ-PX30。送信出力は10mW。携帯電話やPHSなど、値段と出力を考えたら信じられないくらい高性能になってるのに、トランシーバーはおおよそ昔のままだねえ。
2.) 「相手がいないと会話できない」:
しかも、トランシーバーってのは通信機だから、送信と受信を別々に行うんだよね。電話の感覚では、とても使ってられないよね。
3.) どーも状況はばーちゃんにとって芳しいものではない:
最近はすっかり慣れたけど、携帯が珍しかった頃は、あれで話ながら歩いてた人を見て、マジ、頭おかしいんじゃないかとおもったよ。 |