pin秘技・まとりくす
(佐藤家の日常から50)
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あきの通う女子高#1.は行事が多い。


文化祭、体育大会は言うに及ばず、水泳大会、合唱コンクール予餞会など、今どきこんなにイベントの多い高校は珍しい。
しかも、取り組み方が半端ではない。勉学にもそのくらい一生懸命なら、男子が通う気仙沼高なんぞを簡単に追い抜いて、県下有数の進学校になるに違いないが(笑)、今、隣で居眠りしているOB#2.の顔を見ると、そうとは言えないかもなあ。
イベントは例外なく、ユーモア満載だ。とにかく抱腹絶倒の予餞会。笑いのセンスがとても高い。数年前に一度、取材したことがあるが、部外者が見ても笑いがこみ上げてきた。もちろん楽屋落ちネタが多いだが、下手なコント以上におもしろい。やっている本人が照れてないので、見ていてこそばゆい感覚がなく、純粋にお笑いショーとして楽しめる。
もちろん水泳大会、体育大会も仮装レースなどお笑いの部分がふんだんに盛り込まれている。懍とした正当派・合唱コンクールでも、合唱自体は大まじめなのだが、審査の間には、アトラクションとして合唱班20人がコーラス、教育実習生7人が珍妙なダンスを披露するという、おちゃらけを混ぜ込んでいる。不愉快にならない微妙なさじ加減が見事。お笑いでのタブーが、やりすぎないことなので、その辺のセンスには舌を巻く。
基本的に、むくつけき男ではなく、花の乙女がやるからおもしろいのだと思う。平成17年度には気仙沼高と統合される#3.。OGは口をそろえて、伝統行事の衰退を憂えているPTAの立場としても、明るくおおらかで団結力の強い、気仙沼の女性を育てる余地はぜひ残してほしいと、切望している。

前置きが長くなったが、母親のDNAが炸裂するのも、そうしたイベントなのである。これは、まっこと「血が騒ぐ」という形容がふさわしい。
高校最後の水泳大会。あきちゃんは、勝負を左右する最後の種目「水上騎馬戦」に2組の大将として臨んだ。3人の同級生のつくる馬に、でーんと鎮座し、後方から指示を出す、あき。母親譲りの鋭い眼光 —— というには、真ん丸ドングリ眼ではあるが、とにかく自らが動き出すタイミングを、じっくりと計っていた。
そして味方が、やや押しぎみになった、その時を逃さず、大将・あきはそろりと自陣を抜け出した。
混戦状態の主戦場に赴くやいなや、次々と、雑兵どもの兜(ってスイミング・キャップだけど)をもぎ取る、大将・あき。相手は一気に浮き足立った(ってプールの中だから、当たり前だけど)。それでも、敵は態勢を必死で立て直して、大将・あきに殺到した。
ここで、あき大将は、大技をくり出した。
前後左右、四方八方から伸びてくる敵の腕(かいな)をかいくぐり、逆に相手のキャップを絶妙のタイミングで奪い取る。秘伝・分身の術。その名も「まとりくす」#4.! のけぞったかと思うと、左に体をひねりながら、右手で斜め後方のキャップをはぎ取り、体勢を立て直しながら、這うように上体を水面に滑らしながら、相手の攻撃をかわす。秘技・まとりくす!
これで相手は確実に怯んだ。そうと見るや、自軍を鼓舞し、あき大将は、一気に敵陣へとなだれ込んだ。
目指すは、ただ一騎。そう敵の総大将のみ。あき大将は次々と襲い来る、後詰めの守りの武将を右へ、左へと軽くいなしながら、徐々に総大将との間合いを詰めていく。
いざ、雌雄を決するのは、今ぞ!雄叫び(女子高生だけど…)とともに、最後のバトルに突入した。
さすがに相手も、選ばれただけあって、なかなかの使い手。あき大将は、敵の攻撃を、秘伝・「まとりくす」でしのぐ。相手も負けじと、「まとりくす返し」で応戦する。激しい攻防は続き、隙をみて敵が、するりと、あき大将の後ろを取った! 万事窮す! しかし、そのとき、奇跡が起きた。あき大将の「まとりくす」が進化。スピードを倍加した奥義「まとりくす・りろうでと」! に開眼したのである。そして、ついに敵の首を取った!
見事である。あっぱれである。勝利である。AAOである。ここだけ英語なのは、意味が不明だが、つまり「えいえいおー」の勝鬨なのである。
戦い済んで、やんややんやの大喝采。クラスメートは「あきちゃん。まるで、きあぬ・りいぶす、みたいだった」と絶賛の嵐を送ったという。
と、まあまるで見ていたようだが、あきがいかに戦ったかは、長い付き合いなので、手に取るように分かる。マトリックスがなければ、単なる「ぐにゃぐにゃタコ踊り防御」なんぞといわれそうだが、大ヒット映画のおかげで、あきちゃんのどたばた水上騎馬戦も、かくのごときドラマチックな展開となった。めでたし、めでたしなのである。

( のりお )

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あずみによる脚註
まあ、いくら面白くても部外者(とくに男)には関係ないもんなあ。ちょっと残念。
1.) あきの通う女子高:
宮城県鼎が浦高校。鼎が浦とは、気仙沼湾の別称でもある。創立70年を越える伝統校で、フェンシング部は特に有名。また、伝統のセーラー服に愛着をもっている人も多い。変な愛着じゃなくて(^^; 。
2.) 隣で居眠りしているOB:
つまり、ガイの母校でもある。
3.) 気仙沼高と統合される:
宮城県の予算の都合で高校が減るのだが、それを男子高女子高の統合と云う形でやろうという見え透いた魂胆だけに、反発も多い。でも、それより前に、公立の男子高女子高というものの存在自体が、私にはとても信じられない。わたしものりおくんも男子高気仙沼高校の出身ですが。また、統一高校の名前をどうするかでももめていて、鼎が浦高校出身の方々は鼎を気仙沼高校の方々は気仙沼を残して欲しいらしく、気仙沼鼎高校になる可能性が高いらしい (結局気仙沼高校になった…)。
4.) 「まとりくす」:
キアヌ・リーブス主演の大ヒット映画、「マトリックス」「マトリックス・リローデット」「マトリックス・レボリューションズ」三部作のこと。マトリックスというと、キアヌのタコ踊りというほど、キアヌが腕を振り回しカラダを後ろに倒しながら弾をよけるシーンは話題になった。




しかしたぶん、いや絶対、マトリクスと云うよりはタコ踊りだったに違いないな。