pin球児・ゆーた
(佐藤家の日常から57)
yoko
yoko


ゆーたの野郎が高校球児になった


やつは今年の春入学した高校で野球部に入ったのだ。今、夏の甲子園(全国高校野球選手権)宮城県大会に向け先輩とともに猛練習に励んでいる。
しかも! 1年生なのにいきなりレギュラーだ。身長はまだ伸び盛りとはいえ172センチしかない。体の線も細いが、「おまえしかいない」と大抜擢された。まだまだ守備も打撃も荒削りだが、大器の片鱗が評価されたのだろう。
足は速い。昨年、気仙沼地区中学校総合体育大会(中総体)110メートル障害で優勝。利府町の宮城スタジアムであった通信陸上県大会でもベスト16まで勝ち残った。通っていた中学には陸上部はない。つまり、大会出場のための、急ごしらえ。ハードルを越えるたびに、上半身が大きく波打ち、着地でもよろめく。名付けて「ピョコタン走法」(笑)。それでも父親譲りの天性のバネ#1.だけで、勝ち進んだのだから、さすがアスリートの血筋である。
それが評価されたのであろう。打順は1番か2番か…。まだ流動的だが、守備では右翼を守る。おお! イチローと同じである。
素晴らしいぞ! 目指せ甲子園。GO、GO! 全国制覇! たぐいまれな運動神経を持つ父と、人間離れした精神力を誇るガイのDNAのおかげとはいえ、偉いぞ、ゆーた!

………と書いてみた。
嘘ではない。野球部に入った。レギュラーだ。右翼を守る。打順もすばしっこいから1番もありうる…。陸上の話ととも本当の話だ。しかし実態はというと、これが大違い。
実は、ゆーたは望んで高校球児になった訳でも、実力と経験がある訳でもないのだ。「目指せ甲子園」などと書いたが、ゆーたの入学した気仙沼西高野球部は創部20年目の今年、存亡の危機にさらされていたのである。昨年は部員不足から県大会を初めて辞退していたのだから…。
何せ3年生が1人、2年生が2人しかいなかったのだ。そこにゆーたら1年生6人が入部し、どうにかこうにか9人そろったというだけでなのである。うはは! それだけなの。
6人中5人がゆーたと同じ中学出身で、いわゆる仲良しグループ。これがこぞって入部した。もう1人は他の中学出身。別にゆーたは野球部の窮状を救おうとした訳ではない。それより以前に、中学で野球部にいたわけでもない。ジュニアリーグ? とんでもない。バスケット部だった。
ゆーたの野球経験といえば、小学4年のときに松岩地区少年野球大会に打順は忘れたがセカンドとして出場したことがあるだけだ#2.。それなのに、フォワーイ?
それは気仙沼西高に、男子運動部がソフトテニスと野球部しかないからであって、しかもゆーたの中学校からの仲良しグループ5人の中にシニアリーグ経験者がいて、他も同調したというにすぎない。ゆーたの性格からすれば、練習がきつそうな野球部より、女の子と優雅にいい加減に楽しめるソフトテニスを切望するはずだが、大勢に流されただけに「間違違いない!」。
「おまえしかない」というより「おまえがいなけりゃ9人そろわない」(笑)なのだ。

気仙沼出身者ならもうお分かりだと思う。ゆーたの入学した気仙沼西高の1学年の定員は120人。今年は121人が合格した。問題は女子が105人で男子が16人ということだけだ。そう。女子が圧倒的に多いのだ。それでも今年は男子が多いほうだ。何せ2年前には2人しか男子がいなかったのだから、ほとんど女子高である。今年、気仙沼高と鼎が浦高が統合し男女共学の気仙沼高校となり、男子の受験も幾分持ち直した(今後、男女比率は徐々に半々に近づいていくだろう)。
ということで、まさに「瓢箪から駒」で、ゆーたは高校球児になったのである。ところが、父親譲りの研ぎ澄まされたスポーティーな才能#3.と、負けず嫌いの母親の血を持つ、ゆーただ。肩もなかなかよく、すばしっこく走り、未知数ながら打撃もシャープになりつつあるという。最初は「げっ! 野球かよ。しかも硬式なんて痛ぇ! やだよ。めんどい」と思っていたに違いないが、練習するうちに徐々にさまになりつつあるようだ。
まあ甲子園は無理であろうが#4.、何とかまずは初戦突破、そしてできるところまで頑張ってほしい。今年はダメでも3年生まで努力すれば、気仙沼西高野球部に新たな歴史を刻んでくれると、父は期待しているぞ。
問題は本番にめちゃくちゃ強いという母親と、からっきしダメという父の血のどちらが勝るかというだけだな。ファイトだ!ゆーた。

ハイ !
写真は2005年7月、夏の全国硬式野球宮城県大会に出場した気仙沼西高チーム。
1回戦で敗退するも、2年ぶりの公式戦。無帽でこちらを向いているのが、ゆーた。
先輩の指示に大声で返事をしている。いつになく真剣な様子だ。


にしても昭和30年代生まれの男子にとって、将来の夢はプロ野球選手であった。そしてその前段となる高校球児にもあこがれたものである。
戦後復興から高度成長期へ。高校進学率もどんどん伸び、高校野球は異常とも思える人気を博す。各都道府県対抗(昔は宮城・福島で1校だったが)というのが、郷土愛も加わり、熱を帯びた。
さらにマンガ、続いてアニメ化された「巨人の星」(梶原一騎原作、川崎のぼる作画、S43.3テレビ化)がその人気を決定付けた。星飛雄馬、伴宙太のバッテリー(考えて見るととても変な名前だ)が、永遠のライバル花形満、左門豊作と死闘を繰り返す。プロ野球に入ってからの大リーグボール1-3号の話が何といってもすごいが、高校球児時代のエピソードも事欠かない。
そうなのだ。私らにとって高校球児とはあこがれであった。小学校時代、少年野球大会#5.を目指し夢中になって早朝から練習した過去を持つお父さんにとって、高校球児は、一部の才能溢れる者たちがダイヤモンドで血と汗と涙を流す、そういうヒロイズムの塊なのである!
そういう意味でも、ゆーたよ! あれがモウカの星#6.だ! 目指せ、初戦突破! いきなり現実#7.


( のりお )

yoko
yoko

あずみによる脚註
ゆーたは運動能力あるから、身体さえできればそこそこやるだろうな。基本は走ることとキャッチボールだぞ。
1.) 父親譲りの天性のバネ:
ププッ(笑)。そういえば、のりおくんは逃げ足だけは速かった。それが良い方に遺伝したのかも。
2.) セカンドとして出場したことがあるだけだ:
しかし何と準優勝している。これも中身はお笑いで、ジュニアリーグに入っているピッチャーとキャッチャーがいたため、ほとんど相手チームの打者が三振しただけである。打ち返されると半分以上の確立で1点取られた。守備が全くできない子がほとんどだったからで、外野にフライを打たれたらすべてランニングホームランである。何せ、こっちも人数不足で1年生すら選手としてかり出したありさまであった。振ったバットにボールが当たっただけで、父母らは拍手を送っていた。そういうレベルであった(この項:のりお)。
3.) 父親譲りの研ぎ澄まされたスポーティーな才能:
ププッ(笑)2。ゆーたの運動能力は、ほぼガイからの遺伝だ。身体ものりおくんみたいにガチガチじゃないんだろうな。でも、野球をやるなら左利きが遺伝してるとよかったのにね。
4.) まあ甲子園は無理であろうが:
気仙沼西高は1985(昭和60)年4月に開校。野球部もそのとき誕生した。何せ男子生徒が少なく、部員は多いときでも14人。あとは9人から12人。他のクラブから「助っ人」をかき集め、どうにか夏の大会には出場してきた。夏の甲子園宮城県大会で初戦突破は過去に4回ある。しかし残念ながら初戦突破が最高成績でもある。そして1996(平成8)年以降、初戦敗退が続いている(この項:のりお)。
5.) 少年野球大会:
気仙沼というところはなぜか野球好きな町で、昔は自治会を単位にした少年野球チームがあり、夏にはトーナメントの大大会が開かれていた。旧市内3つの小学校50ほどの自治会のすべてにチームがあり熱心に練習していて、レギュラーになるのも大変だった。いまでは信じられない。大会でホームランを打つとカンヅメが貰え、羨望のまなざしが贈られた。つまり下手なチーム相手でも、外野を抜くのは大変だった。練習のあと、ビニール袋に入った冷やし中華を、そのまま喰うのは楽しみだった。コカコーラを初めて飲んだのが、練習試合で勝ったときのご褒美だったりしたなあ。
6.) モウカの星:
気仙沼市の魚市場はサメの漁獲高日本一である。フカヒレの生産も日本一で、多くはフカヒレの原料になるヨシキリザメだが、モウカザメも水揚げされる。そのモウカザメの心臟は、クセがなく生でも食べられ「モウカの星」と呼ばれ夏の地元料理として珍重されている。でもね、血の色で真っ赤でちょっと見た目がグロテスクなのでわたしは喰いません。が、大変満足されたかたのお話も聞いてね。
7.) いきなり現実:
・高校に入学した後、学校からアンケートが来た。志望動機や、今後の抱負を調査するのが目的のようだ。
 質問1「どのようにして気仙沼西高を志望したのか」
ゆーたの答(選択式)
「自分で決めた」「家族に勧められた」「特に深く考えなかった」
 質問2「なぜ気仙沼西高を志望したのか」
同じく
「通学に便利だから」「上級学校に進学したいから」「自分の学力に合っていたから」
幾ら回答欄が3つあるからといって、すべて記入するこたぁないと思う。学校側も「特に深く考えなかった」なんて回答項目わざわざ設ける意味があるのだろうか? 何かとても間抜けな感じがする。それを選ぶゆーたも、ゆーただが…。
質問2の答え。「通学に便利だから」。当たり前だ。家から歩いて5分。走れば3分。校庭を突っ切れば2分だ。同じ牧沢自治会の中にあるのだから。笑えるぞ、ゆーた。

・さらに最後の質問。「学校生活への不安があったら何でも書いてください」
ゆーたの答え「なし」
 うーむ。お父さんは不安だらけだぞ(笑)(この項:のりお)




がんばれゆーた! バントヒットで出て2盗3盗を決めるんだ!