![]() (佐藤家の日常から73)
![]() ![]() ● ガイと結婚して24年が過ぎた。
何と来年は銀婚式である。4半世紀を、この強力なキャラクターとともに過ごした自分を褒めてやりたいと思う#1.。
そのガイという無敵のキャラクターが、どうできあがったかは不明だが、手元にわずかながらの手がかりがある。それは私たちが高校生のときに、気仙沼市内に開店したジャズ喫茶に備え付けられた落書帳の文章だ。
気仙沼人なら「珈琲館ガトー」#2.と言えば、思い出すかもしれないが、ひげのマスターと美人ママがいて、とてもアットホームな喫茶店だったこともあり、昼間は高校生が店内を占拠していた#3.。
いつしか私もガイも、いわゆる常連となり、しばらくたってそれぞれの仲良しグループ同士は友達関係になり、私たちのように生涯の伴侶となった人たちもいた#4.。
ガイはその当時、まだ男子の前では、底抜け天然キャラを満開にしていなかったが、マスターが「Coffee - Communication」を略して「Co - Co <ココ>」と命名した#5.落書帳には、強靱なDNAとして娘のあきへと引き継がれていった、ガイの「天然」「負けず嫌い」「底なしプラス思考」の片鱗がしっかりと刻印されていたのであった。
「ガトー」はその後、惜しまれながら閉店。マスターも天に召されて早7年が過ぎた。ガイの文章は、落書帳の中から、名文、迷文、面白いものをピックアップして、冊子にしようという作業(その後、膨大なゆえに頓挫#6.)の中で、初期の「落書き」ゆえに、たまたまデジタル化され残されていたものだ。
ガトーの開店は1974(昭和49)年7月30日。ガイが初めて落書帳に登場したのが、本人の書き込みではないが1974年9月28日。友達と2人で訪れている。その友達の書き込みがこれ。
今日 始めてこのお店にきました。
ガイと2人だもん。 ちょっとつまんないけど、ガイおもしろいから 今、ガイは、まじめな顔で ノートを読んでます。 あしたは、少し勉強しなくちゃ・・・ 数学の時間、お菓子をたべていたら 先生にみつかってしまいました。 どじな フースケでした。
フースケはもちろんニックネーム。ちばてつやが似合うガイとは正反対で、岩館真理子#7.の漫画に出てきそうな、えくぼの似合う美少女であった。
「ちょっとつまんないけど、ガイおもしろいから」
高校1年のころには、その爆走天然キャラで、既に確固たる己のポジションを獲得していたことを裏付ける貴重な資料だ。あくまでも「佐藤家の日常」にとってだが…(笑)。
ガイの頼りない記憶でも、フースケと初めてガトーを訪れたのは確からしい。上記の「ノート」とあるのは、落書帳ではなく、数学のノートらしい。フースケが「数学がんばんなくちゃ」と記しているので、たぶん。
ガイが、いつ初めて「Co - Co」に書き込んだかは分からない。というか、どうせ「初めて来ました。いいお店ですね。ガイでした」というよーな、作文のテストでいえば限りなく0点に近い文章だったことは想像に難くない。
それは、次の文章を読めば納得する。
同じ年の12月13日。
・今日またやってまいりました私。
・今日はとても、顔が赤くなってあつくてあつくて・・ だからね、赤のボールペンでかいてるの。 赤のボールペンでかくのって”絶交“のしるしなんだと聞きまし た。But 今はちがいますよ!! だから気にしないでね。 ・今日は、うわさのチャンネルがありますョ。でも、それまでおき ているのがつらい。 今日はこの辺で、ね! きたない字ですみません
これが花も恥じらう16歳になったばかりの乙女の文だ。
のっけから「顔が熱いから赤のボールペンで書いている」と、読んでいるこっちの顔も赤くなるような見事な出だしだ。「絶交のしるし」って、てめえガトーにけんか売ってんのか!と思わず、軽い突っ込みを入れたくなる。
花の女子高生が、ゴッド姉ちゃんとデストロイヤーが大暴れする「うわさのチャンネル」#8.のファンを公言しちゃ、いけまへん。こっそり見るのがたしなみというものです。
「それまでおきているのがつらい」
絶対、よだれ垂らして寝たに違いない。
「今日はこの辺で」
はい、お後がよろしいようで ーー って、おーい! 自分の女房が34年も前に書いた文章とバーチャル夫婦漫才してどーする!
年が明けて1975年1月3日
当時、ガイは冬休みを利用し、電電公社(現在のNTT)でアルバイトをしていた。
新年のあいさつの後の文章。
みなさんは、私の足のことをとても"ほめて"いるようですね。
私も足だけは、中学の時いや小学の時から、ちと自信があります。 But 私は南駅についた時必死でした!ちこくしてはいけない! そして、電々(アルバイト先)に着く → 局長にお説教される! 午前中 → ずっとねてた(といってもいい) But がんばった(くるしかった) 昼休み → M由紀の家に行きお昼をごちそうされる(おいしかった) 帰り → K島君に会う。 午後 → すこしねたので頑張った 仕事がおわったあと → ガトーにくる → 家にかえる。 やっとアルバイトがおわり、ホットしたGaiでした
うーむ。見事な箇条書きだ。
私も中学1年の夏休みの課題で出された作文を箇条書きで出し、担任の国語教諭に怒られた過去がある ーー とことあるごとに笑いを取ってきた。当然、その下心には、ハンサムな男優が「いやあ、昔全然もてませんでしたよ」というのと同じものがある。新聞記者として文章でメシを食っているという自負。いわば「今では一人前の文章書いているんだよねえ、ふふふん」的な、嫌らしいプチ自慢だ。
しかし、このガイの箇条書きは、そんな私の独りよがりを、鼻息1つで吹き飛ばす。特に( )の絶妙な使い方。一人突っ込み、一人ハーモニー。実に見事である。健全な睡魔と、何事にも優先する食欲。あきへと継承される2つが見事に活写されている。
そんなガイも女の子であった。
1975,1,27
1月も、もう終りです!
今頃、私メは、とても、とても、 考えてしまうのです。 私メの好きな人は、ほんとは、誰なのか・・・ ほんとに、今悩んでるしだいであります。どうすっぺ (中略) いいなあ!! みんな、彼がいっから、 いじける〜〜ねっ(私メと同じ1人だけの人にいっている) (中略) 私メは、好きな人がいるかいないかで悩んでんの
バレンタインデー近し。悩み多き乙女…。だがいきなり「この頃」を「今頃」と誤字で始まっている。「つかみ」はOKだぞ、ガイ!
「好きな人がいるかいないかで悩んでんの」
確かに、ガイはよく、夕ご飯を食べているまさにその真っ最中に「明日の夕ご飯、何にするかな?何がいい?」と悩んでいる。これはちょっと違うか? うはは。
まあファイトだ! ガイ!
と過去のガイにエールを送ってしまった。
しかし、時空を超えた未来の夫の励ましを受けて迎えた運命の日。
1975,2,15
バレンタインDAYは、きのうだった。
この日は、男のひとがチョコレートをもらう日なのに 私、女の人から、もらってしまった#9.。私は女の子なのに、ねー! こまるなあ(ほんとは、たべられるからうれしいの、・・・・だが・・・ 私はあくまでも女の子(後略)
ガイ、「オチ」もOKだぞ!
その後、徐々に本領を発揮していくガイ。
1975,3,5
只今試験中です。ん
今年も又春がやって来ます。 今年は、私にどんな春がやってくるのでしょうか。 さびしい曲がかかると、とてもさびしくなります。 さびしい曲がかかると、女の子ってとても悲しくなるんです。 只今試験中・がんばってます!?ん Gai
「さびしい曲がかかると、女の子ってとても悲しくなるんです」
こんなこと書く女房がいると、夫としてとてもうれしくなるんです(^^)(^^)(^^)
1975,3,14
きのう、弓道班で"うでずもう大会"があった。おはずかしいこ
とに、私メ、左は準決勝までいったのですが、右は・・・1位でし た。ははは・・・先輩は、強いくせに半分までいくと、気をぬいて いや、力をぬいて・・ずるいなあ?、だからかってしまったのだ! 私は、もとはといえば、何故弓道班に入ったかといいますと、中 学校まではとてもうるさくて・・だったので、せめて高校では、お ちついて、いやおとなしくしてほしいと"親"がいいますので・・ ではいっちょ弓道班に入って"心"を、おちつけて静かになろうと 思い、はいったのです。But そのせいかが・・今でもまだうるさい!
やはり最後は体力自慢(笑)それでこそガイだっ(笑)
甘酸っぱい青春の日々。ガイはやはりガイだった。
( のりお )
![]() ![]() ▲あずみによる脚註
当時だと、ちょっと抜けててもそう云うところが良いという感じだったが、いま振り返ってみると、やっぱりスゴイと云うか弩級ですね。
1.) この強力なキャラクターとともに過ごした自分を褒めてやりたいと思う:
「勇気がない」「せこい」「気が小さい」「ささいなことでキレる」(by あきちゃん / ちょろまかしの誤算▼参照)男と24年つきあったガイも褒めてあげないとね。
2.) 「珈琲館ガトー」:
1974 - 1992. コーヒーが美味しくメニューも豊富な珈琲館ではあったが、またジャズ喫茶でもあり、Jazzの大きなコンサートも何度も行う。加古隆さんとは特に縁があった。マスター吾妻博さんは、画家グラフィックデザイナーとしても活躍、奥さんはドライフラワーを使ったリースや小物なども制作。また家族で手作りのミニコミ「ジャスティンタイム」を定期発行したり、気仙沼のアートを代表するお店でもあった。閉店後は岩手県藤沢町に転居。ハーブ工房「草のはなし」▼を開業。いち早くハーブの魅力を紹介している。残念ながらマスターは2001年他界。
3.) 昼間は高校生が店内を占拠していた:
ジャズ喫茶ではあったのだが、気さくなマスターと美しいママ、お洒落なお店にお洒落なメニュー。自然に高校生が集まった。特に最初の数年はまさにたまり場だった。
4.) 私たちのように生涯の伴侶となった人たちもいた:
私は3組知っているが、もっとあったに違いない。いや、生涯と云えない場合もあるが…(笑)
5.) 「Co - Co <ココ>」と命名した:
落書帳で公募し、応募52点の中からマスターが選んだ。しかし落書帳の名前にお店の中だけで52点も集まったとは、スゴイ勢いだったんですね。
6.) 膨大なゆえに頓挫:
すみません。でも、作業の膨大さというよりも、どのような形にするか見えなかったのが問題でした。デジタル化はたまたまではなく、当初からそうしなければならんと思ってました。いまになると、個人情報の取り扱いが厳しくなりさらに難易度は上がってしまいました(泣)
7.) 岩館真理子:
いわだてまりこ。「週刊マーガレット」をメインに活躍した「少女」漫画家。現在は女性誌を中心に活動している。繊細なタッチと柔らかで淡い色遣いが特徴。ちばてつやのハッキリとした強い線とはまさに好対称ですね。
8.) 「うわさのチャンネル」:
日本テレビ系列で、1973年から79年まで放送されたバラエティー番組「金曜10時! うわさのチャンネル」のこと。和田アキ子、ザ・デストロイヤー、せんだみつお、徳光和夫などが出演。ゴッド姉ちゃん=和田アキ子の、あねご肌で遠慮無くドツキ廻すというキャラは、この番組で定着した。タモリが密室芸を披露したことでも有名。
9.) 私、女の人から、もらってしまった。:
草刈正雄と梨花を足して2で割り、ロシア人スパイを掛けたような風貌のガイは、後輩女子に人気があった。 |