pinちょろまかしの誤算
(佐藤家の日常から33)
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きょねんの秋のこと


あきは、「気仙沼演劇塾うを座」の一員として、群馬県で開催した国民芸術祭に出場した。
宮城県代表として子供ミュージカル「海のおくりもの」に参加、心優しい母親猫#(1)を演じた。あきの「すっとこどっこい」#(2)キャラとは180度違うので、家での練習風景は抱腹絶倒ものだったが、まあどうにか無事に大役を果たしたらしい。高校生活を優先させるため、その後「うを座」は退団したが、いい思い出になったようだ。
この公演には「すっとこどっこい」の母親が同行した。「どつき母娘の珍道中・上州道編」というありさまだったのは想像に難くないが、母親の方は出だしからこうだった。

「あき。コンタクト(レンズ)持ったの?」
「持ったってば」
「そんなにおやつ持ってどうすんの。バスで行くんだからね。お腹壊すと、みんなに迷惑かけるんだからね」
「分かってるってば」
「準備済んだの?忘れ物したって知らないよ」
「お母さんの方が心配です」
「ちゃんと紙に書いてチェックしているから、大丈夫だってば」

と外出時恒例のジャブを出し合いながら、親娘はドタバタと出掛けていった。


その夜。ガイから家に電話が入った。

「えーと、財布を忘れました」
「はあぁ?」
「車の中に忘れたの。なんか助手席に置いたような気がするので、不用心なので取りに行ってください」

と、バカ丁寧な物言い。キャッシュカードも財布の中にあるという。盗難を心配して電話をよこした訳だ。金は大丈夫なのか?との質問には、幾らか手持ちはあり、足りない分は、仲のいいお母さんから借りる算段を付けたという。バカである。
なぜ忘れたかというと、集合先に向かう途中、あきの食い意地につられてコンビニに寄ったのが運の尽き。集合時間が迫る中あたふたと買い物をし、いつもの癖で財布をポーンと車のシートにほっぽり出した —— ということらしい。重ね重ねバカである。
まあ盗難の可能性は低いと思ったが、しぶしぶ行ってみると、助手席にでーんと財布が。「全く‥‥‥」と悪態をついて財布を調べると、案の定、現金やカード類も無事だった。
ここでふと考えた。えーと家からここまで往復十キロ。せっかくの休みなのに、オバカな忘れ物を取りにわざわざ出動したのだから、迷惑料は当然だ。民法に照らして見て、まあ千円ぐらいが妥当 —— 。という訳で、夏目漱石さんを一人、ガイの財布から私の財布へと移動してもらった。どうせ、いつものように気付かないに違いない。たばこでも買って帰ろうっと#(3)


ところが、これが誤算だった。準備万端整えて行っただけに、今回に限り財布の中身をきちんと把握していた#(4)のだ(それなら財布忘れるなよな)。
帰って来るなり、「お父さん、お金盗ったでしょ」と詰問されるはめに。

「ちゃあんと分かっているんだから。一万円返してよ」
「えっ?」

驚いた。しらばっくれようとたが、容疑が千円から一万円になっているという予想だにしない事態に、気持ちが動転した。

「な、なんだよ一万円って」
「だって一万円少ないんだもの」
「そんなことはない。おれは千円しか盗って‥‥‥もとい財布回収手間賃として領収しただけだぞ」
「いや。確かに一万円足りない」

ガイが一度勘違いした場合、なかなかしつこいのは周知の通りである(「確信のポーラ」参照)。思わぬ濡れ衣に、どっと汗が出る。無実を何としても主張しなければならない。

「千円だってば。財布忘れるようなやつが、中身をきちんと把握している訳ないじゃないか。おれは無実だぞ」

理不尽な疑いに全身が震える。ここでトラブルを嗅ぎつけたあきちゃんが登場。事のあらましを理解するやいなや、勝手に参戦してきた。これがとんでもない展開を生む。どうなってしまう佐藤家!(ガチンコ・ファイトクラブじゃないってば)。

「お母さん。財布忘れたの?信じられない。さんざん私にどうのこうの言ったくせに、自分が忘れ物して。えっ?じゃあ群馬での買い物なんかどうしたの。えええええ!○○ちゃんのお母さんから借りた?ああっあ!恥ずかしい。だから私に隠していたんだ。ふーん」

攻撃態勢を強化しようとしていたガイの出端をくじく、素晴らしい援軍である。このやっかいな第三国の奇襲にガイもたじろぐ。が、しかしそこは負けず嫌いのかたまり。

「分かったてば。お母さんがドジでした。はいはい。でも、お母さんの財布から一万円も盗ったお父さんの方がひどいの。今の問題はそこなの」

とあきには表だった反撃はせず、主戦国の私に砲撃を再開した。

「確かに一万円はひどいよね」

まずい!あき軍の嫌疑まで買っては勝ち目は薄い。このままでは冤罪が確定してしまう!ガイの目がギラリと光る。この強力な親娘の共同戦線はやばい!やばすぎる!慌てたわが軍は戦力を総動員した。

「だから誤解だってばさ。一回で一万円ごまかすなんて間抜けなこと、このオレがすると思うか?千円ずつ十回に分けて盗れば、お母さんのことだからばれないと思うけど、一万円がなくなっていれば気付く可能性はある。しかも旅行に行く場合、大抵の人間は所持金を把握しているだろ?いくらお母さんが超が三乗くらいつくアバウトな人間だとはいっても、それは危険だ。お父さんの性格から言って、それはあり得ないとは思わないか‥‥」

ここは、すっとこどっこい軍の冷静な判断に頼るしかない。必死に弁明を続けた。しばらくして。

「うん。お父さんはうそついてないと思うよ。お父さんに一万円盗る勇気があるとは思えないし‥‥‥。実際、せこく千円ずつごまかす方がお父さんらしい。気が小さいもん。それにこんな風にささいな事でキレるときは、いっつもお母さんが勘違いしているときだもん。私もそうだし」

と、あきさま。いいぞ!実に的確な弁護だ。「勇気がない」「せこい」「気が小さい」「ささいなことでキレる」#(5)‥‥‥。うーん。あきさま。許して。論拠が情けなさすぎる。弁護されながら、惨めな気持ちになった。

がしかし、実に的を射た反証である。素晴らしい。さすがのガイもぐっと黙る。
ガイにとっては「いっつもお母さんが勘違いしているとき」という殺し文句にヘコんだに違いない。娘の友人の母親からお金を借りた。しかもそれをあきに黙っていた —— という事実が負い目となり、状況を不利と判断。大攻勢をかける一歩手前で、この一万円窃盗疑惑戦線から渋々撤退することとなった。


ああ助かった。もちろん私は千円しかチョロまかしていない。天地神明に誓って。あきさまの慧眼の通りである。たまにガイの財布からたばこ銭を拝借したことはあるが、今まで一度もばれたことないもん。一回に二千五百円盗れば、ばれる可能性があるけど、二百五十円を半年掛けて十回盗った場合、気が付くようなやつじゃない。家計簿だって五日以上つけたためしはないし。
ということで我が軍は大勝利を得たのであった#(6)。 えっ? でもたばこ銭をチョロまかしにくくなったのではないかって? ぬはは。確かに、今はね。でも後二、三カ月もすれば、ほとぼりは冷めるに違いない。「それまでは勇気を持って、堂々と雌伏していよう」。男はそう静かにつぶやいた(ここはプロジェクトXのナレーション風に読んでください。趣が出ます)。


( のりお )

yoko
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あずみによる脚註
しかし、のりおくんはやっぱり、あらぬ疑いを掛けられると弱いねえ。でも今回は、しどろもどろになって余計なことを云ったりしなかったので合格かな。
1.) 心優しい母親猫:
そこらについては、28回転してタコ教頭を参照下さい。
2.) すっとこどっこい:
なぜかは知らないが、あきおねーちゃんは最近“すっとこどっこい”を連発しているらしい。素晴らしい。マイブームなのかな?次は“ひょうろくだま”“とうへんぼく”“おたんこなす”なんかもいいよ。
3.) たばこでも買って帰ろうっと:
のりおくんは、禁煙していたはずじゃなかったのか?解禁したのかな。ともかく40を越えたいまでも、無駄に使えるお金が1000円あると、なんとなく懐が暖かい気がするのりおくんであった。
4.) 財布の中身をきちんと把握していた:
下を読んだ結論として、と本人は思ってた、ということだよね。
5.) 「勇気がない」「せこい」「気が小さい」「ささいなことでキレる」:
さすがあきちゃん、見事に父の特徴をとらえていると思うぞ。

norio
 ちょっと可哀相な気もする小心者の肖像
       Feb.2002
6.) 我が軍は大勝利を得たのであった:
で、その差額の9000円はどこにいったのでしょうか?結論として、ガイが勘違いしていたと云うことでいいのかな?




それにしても、250円を半年で10回とは‥‥。見事なせこさだなあ。