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  (佐藤家の日常から78) 
 
● 10月14日は、母の百か日だった。 
もう三か月が経ったのか ── という思いとともに、まだ三か月か ── という気持ちがある。 
夫婦二人暮らしもどうにか慣れた。 
百か日ということで、ガイは仏前に備える料理や、墓参りの準備などを含め、もろもろの準備があるため、平日には珍しくアルバイトを休んだ。 
この日は朝から、素晴らしい天気。まさに日本晴れ。青く澄み切った空には一片の雲もない。 
風はそよそよとさわやかに吹き渡り、陽光もさんさんと降り注いでいた。母に似つかわしい穏やかな百か日だった。 
百か日の準備を終えたガイは、そんな絶好の洗濯日和を見逃すはずはなく、私が朝起きて、洗面所へ行くと、まさに洗濯機はぐわんぐわんと、「働いてまっせ」「きれいにしてまっせ」とせわしなく動いていた。#1. 
そこにガイが来て、いわく。 
「2回も洗濯してしまった」 
そんなに洗濯物たまっていたっけ? ── とふと思った次の瞬間、 
「なぜだと思う?」といきなりクイズ。 
「 ? 」 
( つまり1回で済むところを、2回している ── といことか? ははん! ) 
「干すとき、庭に落としたな」 
「ブー」 
不正解? 
「正解は、洗剤を入れなかったからでした。あははっ! 」 
「はあ? 」 
「まあ水洗いだけでもいいかなあーと思ったんだけど…」 
「はい? 」 
「風呂の残り湯使ったの。でもほら温泉の素入れてたっちゃ。脱水して取り出そうとすると、変な匂いがするのよねえ。大丈夫かなあーと思ったけど、微妙」 
入浴剤は確か宮城県の「鳴子温泉」#2.。色は明るい茶色で、匂いはフローラル系ではなく、天然の温泉に近い、やや硫黄っぽい匂いもしたような気がした。どう考えても「微妙」以上だと思うぞ、ガイ。 
「だから2度洗いしてんの。あっ、今回は洗剤も入れたからばっちりね」 
風呂の残り湯でなくとも、洗剤なしの水で洗濯して、加齢臭漂う中年オヤヂの脂汚れは、なかなか落ちないような気もするのだが…。 
そんなことを、顔を洗いながら考えていたら、「2度手間取らせやがって」と、洗濯機がひとしきり「ぐわん、ぐわん」と大きな音で回った。 
出勤する時には、庭には暖かな陽光を受け、真っ白に洗い上がった、私のワイシャツが…。 
ひらひらと優雅に秋風に舞っておりました。#3. 
そうそう。仕事で出掛け、霊園の駐車場でガイと待ち合わせ。 
墓参後、昼食のために家に帰り、縁側の窓を開けると、仏間にさわやかな秋風がどっと流れ込んで来た。 
ろうそくに火をつけると炎が揺れる。 
(風いきなり強くなったのかな?)とふと母の部屋を見ると、なんと窓がフルオープン。 
「お父さん、風呂場の窓開けっ放しで出勤したでしょ」 
といつも怒られている私が、ここぞと指摘すると、 
「お父さんが『15分後に霊園だぞ』と、せかしたからだってば」 
と反省の色はなし。 
さらには 
「百か日だもん、ばーちゃんも風通しよくて良かったちゃねえ」#4. 
佐藤家のご先祖の皆々さま、ガイ・DNAを佐藤家に注入した私をご寛恕いただき、ついでに小遣いのアップをよろしくお願いします。 
( のりお ) 
▲あずみによる脚註 
やっぱり相変わらずなんで、お母さんも天国で苦笑いということだねえ。 
1.) 「働いてまっせ」「きれいにしてまっせ」とせわしなく動いていた。: 
せわしなく働くときに、なんで関西弁になるのだろう? 東北弁だとゆったりもっさりな田舎者というイメージだし。関西人が意味なく忙しないように見えるのかな。 
2.) 「鳴子温泉」: 
鳴子温泉(なるこおんせん)。宮城県大崎市、山形県との県境近くにある古くから有名な温泉地。一つの温泉地に9つの泉質があるのでも知られている。ということは鳴子の9つの泉質がすべて楽しめる入浴剤? 
3.) 優雅に秋風に舞っておりました。: 
オヤジのシャツは、白くてキレイでも優雅ではありません。にしても、お風呂の残り湯じゃなかったらそのまま干してオシマイだったのですね。すごいなあ。 
4.) ばーちゃんも風通しよくて良かったちゃねえ」: 
佐藤家に小心DNAを注入したばーちゃんだもの、部屋の窓が開いていたらお墓での百か日につきあってられず、心配で心配で仏壇でハラハラ見守っていたに違いないと思います。  |