pin船を漕ぐ
(佐藤家の日常から95)
yoko
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「いつでも、どこでも、いくらでも」


それがモットーのガイ。今日もあいかわらず、睡眠の前に、こたつで居眠りをしている。
最近、もう一つ居眠りをする場所がある。
それは浴室。そう湯船に漬かりながら、うつらうつらしているのだ。

いや。実はその現場をしかとこの目で確認したことはない。いかに夫婦とはいえ、女房の入浴姿を覗く趣味はない(もちろん、他の妙齢な女性は? なんぞと邪推してはいけない)。
ではなぜ、湯船で「ねふかけ」#1.していると断言できるのか? というと、風呂場がしーんと静まり返っているから。

もちろん、誰とて湯船に漬かり、「う〜む」とひとしきり、ゆったりと至福の時間を過ごしている時には、静かにはなるであろう。
とは言え、大抵の場合は、お湯がかすかに動く「ちゃぷ」とか「ちゃぽん」という音や、「ふ〜」という深呼吸などの息づかい、さらには鼻歌の一つも出るという人もいるだろう。
つまり「起きている」という気配があるものだ。

しかしガイが入浴中、往々にしてその気配が無くなる。ごく当たり前に推論すれば「湯船で居眠りをこいている」のだろう。
居眠りすることを「船を漕ぐ」とも表現するが、湯船で「船を漕いで」いては、溺死の危険すらあり、愛情溢れる夫としては「バカをこくでねえ」と、毎回心配するのであった。

そこで「起きている気配」がない時は、わざと風呂場の隣にある台所のドアを大きな音を立てて開けてみたり、階段を足音も高らかに「どんどん」と駆け下りたりする。
すると、夫の気配を察知したガイは目をさまし、にわかに湯船から「バシャバシャ」という音がするのであった。
「生存者1名」と、安堵するとともに、「また居眠りしていたんだな」と、「ちっ」と小さな舌打ちをする夫であった。

「居眠りをしているらしい」から「居眠りをしている」へとの確信を得るため、きょうは実験を試みた。
忍者のようにこっそり風呂場に近づき、気配を消し目を閉じ耳を澄まし数分、「起きている気配がない」ことを確かめた後#2.、台所のドアを大きな音を立てて「ガチャ」と開けた。
その直後、湯船から「はっ」とする気が動き、慌てたように、「うっ、うん」というわざとらしい咳払いとともに、湯船方向から、力任せにお湯の表面をたたく「バシャバシャバシャ」という不自然なほど大きな音が聞こえてきた。
「アリバイ破れたり」と、アリバイの意味を間違っているとは知りつつ、何となく、そうつぶやいた夫。

たっぷり湯船に漬かり、ほほを上気させながら浴室から出て来たガイに「お前のやっていることは、全部お見通しだ! 」と突き付けた。
ガイは「ええ? 分かってたの? 」「うふふ、ばれたか! 」「いつもいいタイミングで起こされると思っていた」と訳の分からないことを口走るばかりで、全く反省の色を見せていない#3.のであった。
とはいえお互い、後期50代へと突入した今、湯船での居眠りはやめてほしいと願う、小心者の夫#4.であった。


( のりお )

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あずみによる脚註
居眠りはどこでやっても気持ちけど、お風呂は格別だものねえ。

1.) 湯船で「ねふかけ」:
「ねふかけ」は気仙沼弁で居眠りのこと。「ねむかけ」ともいう。どっちにしろ、ねふかけは気持ちいいですねー。
2.) 忍者のようにこっそり風呂場に近づき:
家庭内ストーカーかこのオヤジは(^^)。はたからみたら、危ない絵だよねー。
3.) 全く反省の色を見せていない:
まあ、ガイお母さんにしたら、ちょっと居眠りをしただけで、そこがお風呂だろうがこたつだろうがおんなじってことだろうねー。
4.) 小心者の夫:
のりおくんにしたら、万が一ってことを考えるんだろうけど、あのガイがお風呂で溺れるなんて、佐藤家に隕石が落っこちても、あり得ないと思います。というか、お風呂で居眠りしてたから隕石から逃れ、台所でストーカーしていたのりおくんに直撃なんてことならあり得るかも。




わしも、お風呂で寝るのは好きですが、わしの場合は気をつけないと危ない。