pin茶番劇の心
(佐藤家の日常から96)
yoko
yoko


手元に湯飲み茶碗がある。


一見、何の変哲もないが、手に取ってみると、新鮮な驚きが巻き起こる。
表面は滑らかだが、わざと雑駁に刻み込んだとさえ思える文字が、地味な色合いを裏切り、見るものに大いなる感慨をもたらす。

いかなる巨匠が作陶した逸品なのか?

茶わんの表の文字を読んでみる。雄渾な筆致で描いた楕円形の中に「茶」とある。当たり前過ぎる ── と凡人には思えるほど、虚心坦懐な言の葉。
「茶器」ゆえに「茶」。そこには「はっ」とするほどの茶の湯の真実が悠然と横たわる。

そして、さらに大きな文字で「としじ専用」。しかり、しかり。「としじ」のために作ったから「専用」。その揺るぎないまでの思いが、単なる茶器を、文字通り器を超えた何ものかにしている。

では、作品をじっくりと見てみよう#1.

  
お、重い! 重過ぎる!! 秤に載せてみたら、なんと400グラムもあった。小ぶりの湯のみ茶わんなのに、異例の重量である。
「としじ」とは「俊司」。そう。
佐藤家のじーさんであり、他界してはや13年が過ぎた#2.

すると作者は…。

賢明な諸氏には既にお分かりと思うが、あき様。
小学6年の修学旅行で、クラス全員で作ったそうだが、たぶん一番ユニークだったに違いない。
脳梗塞を患い、左手に軽い麻痺が残ったじーさん。そのリハビリを考え、お茶を飲みながら筋トレができる ──。そういう温かい思いが込められているに違いない。

そう、お茶さえ飲めれば、多少、形が悪かろうが、重かろうが、いいではないか。

さて、注いで見るか。
うん?

  
うん、問題なく飲める。量は入らないが、お茶はがぶ飲みするものではない。口に含み、その馥郁たる香りを楽しむ。お寿司屋さんの湯飲み茶碗とは違う、風雅さを求めたに違いない。
うむ。究極の一杯。味わうべき一杯だ。

って、少なすぎないか? これでは一口飲んでは、急須から注ぎ、また一口飲んでは注ぐ…。お菓子の一口サイズならぬ、お茶の一口サイズ。

プレゼントされたじーさんが一度だけは使ったと、ガイの記憶にはある。
東日本大震災の震度6強の揺れで、佐藤家の多くの食器が散乱し、倒れ、破損した。
しかし、この湯飲み茶碗は微動だにしなかった。
私は一度台所の床に落としたが、かすり傷ひとつつかず、逆に床が傷ついた。縁側からコンクリートの三和土(たたき) に転がり落ちる程度では、びくともしないだろう。ゾウが踏んでも大丈夫な気がする。

ガイは、あきから、見せられた瞬間に吹き出したそうだ。おれもお茶を飲んでいたら、吹いたに違いない。
ことしからフリーアナウンサーとなった、あき#3.。お盆に里帰りした際に、聞いてみた。

「この湯飲み茶碗、あんまりだと思わないか」
「えっ? 少し重いだけじゃない」
「でも、一口しか飲めないぞ」
「まあ、そこが玉にきずかなあ。。。」
「まじめに作ったんだよな」
「当たり前じゃん! おじいちゃんの為に一生懸命作ったの」

そう。あきはいつでも大まじめなのである。
例え、常識はずれの重さがあろうとも。
例え、常識はずれに器が小さかろうとも。
例え、茶器というより鈍器と意地悪な人が言おうとも#4.

ガイに言った。

「このセンス、母親譲りだよなあ」
「はあ? あんだでしょう? 」
「絶対、おめだってば! 」
「いいえ」
「いや」

と、佐藤家定番の不毛な言い争いがしばし続いた#3.。定番? 茶番劇とは言うべからずなのである。


( のりお )

yoko
yoko

あずみによる脚註
茶の本質というのは、ほんとはこういうことなんだろうね。天国のじーちゃんは、いまでも喜んでいるに違いない。

1.) 作品をじっくりと見てみよう:
のりおくんが、Google ドライブ 経由でビデオを送ってくるなんて。。。時代も変わったつうか、なんか感慨深いなあ。次からは 自分で YouTube にアップし、url をよこしましょう。
2.) 他界してはや13年が過ぎた:
大神いずみがお気に入りだった、あの佐藤家のじーさんが亡くなってもう13年なのですか。時は流れますなあ。。。詳しくは観察する日々▼明るく元気な癒し系▼をどうぞ。
3.) ことしからフリーアナウンサーとなった、あき:
名古屋から東京に拠点を移したみたいですよ、みなさん。
4.) 意地悪な人が言おうとも:
それは、わたしのことですねー。いや、これなら密室殺人の凶器のトリックとして使えそうだねえ。だれだって、茶碗で殴り殺せるとは思わないものねえ。
5.) 不毛な言い争いがしばし続いた
公平に見て、のりおくんのせっかちと、ガイの大胆が合体したということではないかなあ。こんどは、じーちゃんを思う暖かいこころは、どっちなのか言い争って下さいねー。




佐藤家のお宝として、末永く大切にしてねー。壊れないから大丈夫。