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pin 常備




「丸っこくて黄色いやつと、白いラグビーボールの形」。東日本大震災直後、病院での会話だ。津波で家を流失した人が、薬を求めに来ていた。あいにくかかりつけ医ではなく、医師と患者は薬を机の上に幾つか並べて思案。無難と思われる薬の処方を決めた。
津波により多くの医療機関が被災し、カルテも流失した(註1.。高齢化時代、持病の薬は最低でも3日分は身につけておきたいし、薬名を覚えるか、次善の策として肌身離さず持ち歩く物にメモを入れておきたい。
私たちは、震災の教訓を生かしているか。当面の食料の備蓄、飲料水の持ち歩き、家族の携帯電話番号の暗記や、安否確認の手段 —— など。あれだけの災害を経験したのに「喉元過ぎたら…」では、風化などと口が裂けても言えない。
備えといえば、想定外だったことがある。それは石油ストーブ(註2.。停電でファンヒーターは無用の長物になった。震災の翌朝、津波被害を免れた民家で、石油ストーブの上で炊いたおかゆをいただいた。暖房、照明になるだけでなく調理器具にもなる。震災後、たくさん売れたと聞いた。
今日も都会のエレベーターの中は手ぶらの人で満杯なのだろう。誰も緊急停止など全く心配していない。が、それは田舎でも同じ。便利さが油断を引き寄せる。自助したい。


(佐藤 紀生)



註1.:カルテも流失した。
・カルテの電子化は進んでいるのだろうが、それをクラウドでバックアップするなんて普通のことをちゃんとやってる病院は多いのかな?お薬手帳ってあるけど、あれもマイナンバーカードと連携してクラウドに自動的に上げられ、スマートフォンで簡単に管理できるといいのにー。マイナンバーカードのクラウド化が先か。。。遠そう。。。

註2.:石油ストーブ
・東日本大震災が起こった3月11日は寒い日で、ずぶ濡れになっても暖が取れなかった人は多かった。避難所になった体育館に暖房は石油ストーブだけというところもあったが、それでも暖房と仄かな灯があるだけで、少しは被災した不安を和らげてくれた。石油ストーブは偉大だった。 (以上:あずみ)


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