8/31/2000 up   ホーム  インデックス

pin 線上の刑罰




「やや、ついに来たか」。友人もぼやいていたが実際、そのメールは予想以上に気分を滅入らせた。文面にはこうある。「通告。第678号死刑囚の執行人を任ず 法務大臣」。
2015年、刑法が改正。無作為に選んだ成人一万人がインターネットを通じて執行人となり、致死薬剤の注射装置のスイッチを入れるのだ。かの昔の銃殺刑の流用だろう。数人のうち一人が実弾で、他は空砲。だれが実際に人をあやめたかは分からない。合法とはいえ殺人行為への罪の意識を軽減する巧妙な方法だった。それが電脳社会の今、引き金はパソコンのキーになった。ホストコンピューターが選んだ一万人のだれかが真の執行ボタンを押すという仕組みだ。
死刑存続は国連決議に逆行し、国民投票で決まった。一方で執行官が精神的苦痛から損害賠償訴訟を起こし、収拾策として生まれたのが市民執行人制度という訳だ。「とはいうものの‥‥」。長いため息が出る。かなり積極的な死刑支持派だったとはいえ、やはり憂鬱な気分が膨らむ。

二十一世紀。世の中は大きく変わった。今や家族間でもメールが行き交う。顔を突き合わせての会話は減り、苦痛とさえ言う人も増えた。
さて今日は佐藤家に匿名で送りつけられた「スナック・パフパフにおけるセクハラ行為告発メール」に対する家族会議の日だ。事実無根を主張したが‥‥結果は四対二で有罪!メール上で、かなり買収工作を展開したのに、娘か息子のどちらかが裏切ったらしい。たぶん女房側についたのは娘だろう。しかし詮索もむなしい。目の前のパソコンのディスプレーには三カ月間の小遣い三割減額処分の告知が、女房の青筋イラストとともに表示されている。
「やれやれ」。この日初めて発した肉声は、私しかいない個室にむなしく響いた。

(佐藤 紀生)

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