11/1/2000 up   ホーム  インデックス

pin 効果音システム




「これがわが社の開発した効果音システムです」
 豪華な応接間で、私は五十代半ばのかっぷくのいい男性と向き合っていた。
「どんな効果があるんだ」
 中堅どころの会社経営者というだけあって、射すくめるような視線が痛い。知人の紹介で会うことはできた。セールスはここからが勝負。私は身を乗り出した。
「はい。今日お持ちしましたのは、あまたの人気コメディー番組で流されるBGMを解析いたしまして、その効用を家庭円満に絞り込んで開発したものです。わが社の優秀な研究スタッフが大脳生理学を元に練り上げた究極の効果音システムでございまして‥‥」
「ごたくはいい。具体的にどんな効果があるのか聞いているんだ」
 社長は気が短いタイプの男だった。私はセールススマイルを満面に浮かべ、サンプルを取り出すと言葉を続けた。
「例えばさわやかな朝にはこのようなBGMはいかがでしょうか?食も進み、一日の活力が出ます。そしてこちらは万が一ご家族の間にトラブルが発生した場合のBGM。どうですか?深刻な雰囲気が一気に和らぎます」
 私は収録されている効果音をいくつか示しながら、説明に力を入れた。
「ご家庭内の随所に、この小さなマイクを取り付け、そこから皆さまの会話の内容、声の調子をコンピューターが分析。瞬時にふさわしいBGMを選び。そのお部屋ごとにこのスピーカーで音楽、効果音を流すのです」
 腕組みをして耳を傾けていた社長がゆっくりとうなずいた。
「ふむ。面白いかもしれん。実は今女房と離婚協議の真っ最中なのだ。険悪な雰囲気になることも多い。あと少しの我慢とは言え、この間は危うく刃傷沙汰になりかけた。まあ駄目で元々だ。試してみよう」
「ありがとうございます。では早速お取り付けいたしましょう。今ならサービス期間で、お値段の方も勉強させてもらっております。それと、浮気がばれた場合の効果音というオプションも人気がございます。会社用として仕事の効率を上げるタイプのBGMもございますが、その節はよろしくお願いします」
「口数の多い奴だ。とりあえずベーシックなやつでいい。早くしろ」
 久々の契約はあっけなく成立した。私は急いで車に戻り、必要な装置を持ち込み、各部屋にセットした。まとまった金額を受け取り、意気揚々と社長宅を後にした。


 翌朝、会社で新聞を広げて驚いた。昨日会った会社社長が妻を刺し殺したという記事が目に飛び込んできたのだ。記事にはこうある。「犯行現場となった応接間にはなぜか、人気テレビ番組『水曜サスペンス』のテーマ曲が大音量で鳴り響いていた‥‥」
 どっと汗が噴き出る。すぐにセールス用の鞄を開くと、そこには昨日セットしたはずの効果音のメモリーカードがあった。
 し、しまった!すると昨日セットしたのは・・・。あれは倦怠期の夫婦用に開発した試作品だ。スリルとサスペンスを盛り上げるおどろおどろしいBGMばかりを集めてある。・・・あれが離婚話で殺気立った社長宅に流れたとすると‥‥。
「おい。おまえ!ちょっと来い!」
 早くも大失敗がばれたらしい。上司の怒り心頭の顔がこちらをにらんでいる。肩を落として上司のデスクに歩きだした私に、天井のスピーカーから映画『ジョーズ』のテーマ曲が流れてきた。だれかが遊び心で仕込んだらしい。上司の赤く染まった顔が徐々にアップに迫って来る・・・。

(佐藤 紀生)

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