4/26/2001 up   ホーム  インデックス

pin あたらしい位牌




 何の変哲もない位牌に見えた。
 漆塗りに金字という外観も、適度な重さも従来のものと大差がない。しかし実はこれ、中堅の電気メーカーであるわが社が、極秘に開発を進めている新製品なのだ。いよいよモニター試験という時に、タイミング良くと言おうか、悪いと言った方がいいのか営業部販売係である私の親父が亡くなった。
 この位牌、簡単なホログラム投影機が仕込んであり、仏壇の中空に故人の小さな立体画像が浮かぶ。詳しい経歴や、数々の写真、ビデオ画像なども取り込むことができるし、必要ならばそれらも投影できる。
 故人の数々の思い出を詰めこむことのできる、メモリー位牌だというのが、開発部から受けた簡単な説明だった。
「故人をしのぶには、いいかもしれない」。そう私も考え、モニターに協力することにした。

 初盆の朝、家族全員が度肝を抜かれることになる。
 何と、仏壇の前におやじが出現したのだ。
「おい太郎。二日酔いの寝ぼけ顔は見飽きた。たまにはしゃんとした顔で仏壇の前に座れ。相変わらず酒にだらしなさすぎる」
今度は嫁に視線が移る。
「花子さん。どうせ私は小言ジジイでしたよ。それよりあなたのずぼらな性格を何とかしなさい。この間も‥‥」
一時間はそんな説教が続いた後、すっとおやじは位牌に吸い込まれた。
 なるほどこういう仕掛けか。
 DNA分析された親父の性格もインプットされているのだろう。嫌みなところもそっくりだ。もちろん高度な学習機能も備わっているようで、こちらの応答に、親父独特の意地悪な切り返しがあった。実は、極めて精巧な等身大ホログラムと人工知能を融合させた、ハイテク位牌だったのだ。
 もちろんユーザーは、そういう仕掛けがあると最初から分かって使うのだから、私たちのような間抜けなざまにはならないだろう。しかしもしそうだとしても、不思議と気分が悪いという訳でもない。かつて流行した、人間の顔をしたサカナと妙なやり取りができるテレビゲームに似ていて、どこか惹かれる部分はある。
 うちの親父の方は、今度は半年後、来年の春の彼岸に現れるようだ。さてモニターとしてどう返事をすればいいのか。生来の優柔不断な性格。一度、親父に相談してみないと‥‥。
(やれやれ。変な機械に仏壇を乗っ取られてしまった。これではたまに、あの世から帰って来ても、どうも居心地が悪い。なんて世の中になっちまったんだろ・・・。うらめしや)

(佐藤 紀生)

ya1 馬鹿ミニ ya2

The Anchor Song / by Björk