11/9/2001 up   ホーム  インデックス

pin 顔色




 平安時代の三十六歌仙の一人に挙げられる平兼盛(註1.)っていうお人が詠んだ「しのぶれど色に出でにけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで」という名歌がございますが、色にはそれこそ色々な意味がございます。この場合の色は、表とか様子とかと訳す場合が多いようですな。


 今様


 「色の白いは七難隠す」なんていう言葉は、ずばり色白の女性は多少の難点があっても美人に見えるてな意味で、昔からやはり美白が一番だってようです。男の場合はあまり白いと、やれ「顔色が悪い」なんぞと言われて、ひどいのになると“生まっちろい”なんてこき下ろされちまいます。落語に出てくる気のいい職人連中は浅黒い肌として描かれますし、大店の若旦那なんぞは、大抵は色が白いというのが通り相場でございます。


FloraWhite

Sienna

Ivory

Ebony

 現代でも、そういった傾向があることはたしかですな。若い女性の小麦色の肌なんてのも魅力ではありますが、オゾン層の破壊で気が付きゃシミだらけというご時世。難しいもんです。


 難しいといえば、世は国際時代。街で会った外国人に向かって、
「ヘイ、ユー。顔色悪いね」
これが白人の方だったら当たり前な話なんで、侮辱になりかねません。黒人の方の場合は逆で、それこそ全員が健康そのもの、なんてことになっちまいます。大体、肌色なんてのは私ら日本人のようなモンゴロイド、黄色人種だけに通用する言葉なんで、白人の方にとっては乳白色、黒人の方は褐色が肌色なんですから。


 青ざめたり、頬を染めたりと、顔の色はそれこそ千変万化。中には極端に敏感な体質の人もいるようで‥‥。





「か、課長!大変なことになりました」
「なんだ血相を変えて」
「例の取り引き、ご破算になっちまいました」
「なにい!そりゃあ大変だ。この不況だぞ、し損じたら、それこそクビもんだ」
「わっ!」
「お、驚かすな。今度は何だ?」
「か、か、課長の顔が真っ青です!」
「バカやろ!この大事だ。顔だって青ざめて当然だろ」
「青ざめるも何も、真っ青なんですよ」
「ええい!うるさい。おまえの方こそ、顔から血の気が引いて真っ青じゃな いか」
「うわー。今度は真っ赤になったあ。うわああ」
「大げさな野郎だな」
「課長!課長!鏡見てくださいよ。おーい、だれか鏡持ってこい‥‥。ほら課長。じっくり自分の顔を見てくださいよ」
「なんだよ、なんだよ‥‥わっ!」
「真っ赤でしょ、課長」
「‥‥ああ‥‥。驚いた。なんだこりゃ?」
「今度は‥‥」
「うひゃ。青くなってきやがった。見る見る青くなっていく」
「あっと言う間に真っ青になっていますよ」
「おれはどうしちまったんだ。これは文字通り、真っ青じゃないか」


 

 

Royal Blue

Deep Skyblue

 紺青

Wine Red

 茜色


 青ざめた課長。部下が集まり、彼を取り囲んではびっくり仰天。
「あらまあ超ー青いわあ」
「まさにオーシャン・ブルーね。ううんスカイブルーかしら」
「いやいや。これこそ紺青と表現すべき日本古来の青じゃ」
青ざめた課長をのぞき込んでは、あれやこれやと好き放題に言う部下たち。半ば放心状態だった課長も、ようやく我に返り、怒鳴り返しました。
「ええい!うるさい。昨日の深酒のせいだ!こんなのはすぐ元に戻る。それより、君!契約破棄は困るぞ。すぐ私と一緒に先方に‥‥」
「やだあ。今度は真っ赤よ」
「まさにワインレッドよ。なんかセクシー」
「いやこれぞ、古式ゆかしき茜色というもんじゃ」


と、てんやわんやの大騒ぎ。この騒ぎを聞きつけて他の部署から人が集まる。ついには役員の耳にも入りました。




「こ、これは社長」
「山本課長か?顔色が変わる男というのは。どれ変えてみなさい」
「そ、そんな社長‥‥。見せ物ではありませんよ‥‥」
「ほほう。これは見る見る間に青くなったぞ‥‥。次は赤くして見ろ」
「ご、ご無体な‥‥」
「社長。私にお任せください」
「うん?常務か。どうするんだ」
「まあまあ‥‥。ごほん。山本くん。この間の飲み会。二次会だったかな?君の、あの芸は素晴らしかったなあ。まさに至芸。取引先の専務も大いに喜んでいたぞ」
「おお。赤くなっていくぞ。うーむ。見事だ。ところで山本くん、どんな芸なんだね」
「‥‥勘弁してくださいよ‥‥」
「ぷっ!課長の十八番。裸踊りのことよねたぶん」
「うほほほ。耳まで真っ赤になった。うーむ。こちらの方こそ至芸だ。うむ。君。今日大事な接待がある。同道しなさい。こりゃあ受けるぞ。はははは」


Dodger Blue

Strawberry

Crimson


てなことで、この哀れな山本課長。社長と宴席へ。そこでも得意先の抱腹絶倒を誘いまして、すぐに秘書課への栄転が決まりました。




「なんでこんなことになっちまったかなあ。あの晩の夢見が悪かったよ。変わり身の早い、隣の課の課長。あいつのやり口が気にくわないので、やけ酒飲んで‥‥‥見たのがカメレオンになった夢。変な正夢もあるもんだ」
晩酌をしながら、こうぶつぶつつぶやいておりますと、横から恋女房が口を出します。
「あら、あんた出世できたんだからいいじゃない。あら赤くなった。怒ったの。でもねこれも運命。プラス思考でいきましょうよ。ねえあなた」
言われた山本さん。惚れた弱みで頬がぽーっとほんのり桜色。
「あらやだあなた。段々芸が細かくなるのね」
と女房も色目を使います。
「うるさいやい。おれの気持ちも知らないで」
と怒りますが、頬が鮮やかなピンク色では迫力がありません。どうもこうも災難なことで。


 桜色

Pink



鼻白む課長

Ruby

 茄子紺

 海老茶

 紅鬱金

Lemon Yellow

Lime Green

 橙色

 蘇芳

 それからというもの、山本課長の話題は世間に広がる一方、ついにはマスコミに追いかけられる始末。玄関を出ようとしたら、写真週刊誌のカメラマンが待ちかまえておりました。
 不意を付かれて、ギョッと立ちすくむ山本さん。
「ややや。こりゃあ聞きしにまさる。撮れ、撮れ!」
とパシャパシャと連写。翌週その雑誌を見ますと、一面オールカラーで、どーんと山本さんの顔が載っておりました。
 寝不足でウサギのように真っ赤になった目。深酒の残った青白い顔色。そして顔のど真ん中の鼻は、何と真っ白け。
見出しには「顔面七変化。本誌取材に鼻白む山本さん」


 さすがにこれは衝撃的でして、すぐにワイドショーの追っかけが始まりましたから、山本さんの生活は滅茶苦茶でございます。電車に乗れば、うら若き女性がしなだれかかって、これが実はサクラでして、顔を赤らめる課長を隠しカメラでパチリ。リポーターから逃れようと慌てて、会社に駆け込もうとして転んで顔面を強打。ナスビのように紫色に膨れた顔まで紹介される始末。
 家にいるときも、どこからかカメラが狙っているようで、気が気ではありません。酒量も徐々に増え、ついには体調を壊して入院。
「いくら何でも病院までは‥‥」
と思うのが素人でして、金に困った看護婦がこっそりと盗撮。もっとも盗み撮りですから、こっそりとするんですが。
「山本さん。今度は黄色をマスター」なんて文句で、でかでかと載りまして、しかしこれは単なる黄疸(おうだん)なんでありまして、しかも治療が進むごとに、海老茶 色から、うこん色、そして快方に向かうにつれて鮮やかなレモンイエローへと変化する様、さらには大の注射嫌いの山本課長、恐い婦長さんに点滴の針を刺される瞬間には顔しかめ、青い顔。これが黄疸の黄色と混じりますから、さあお立ち会い、鮮やかな緑色になります。さらにナイスバディーの看護婦さんに脈を計るため触られたりしますと、これが黄色と赤のハーモニー。だいだい色へと瞬時に変わります。まるで青葉燃える新緑の季節から晩秋の紅葉まで、顔色で四季を表現しちまうんですから、大したもんです。病室仲間の俳句じいさんには、そのつど一句ひねられたりしております。この有様が組写真で紹介されておりまして、こうなると山本さんかわいそうであります。



 追いつめられた山本さん。ついに開き直りことにしました。
「どうせ追いかけられるんなら、金を取ってやる」
 そりゃ確かにそうで。会社も辞めたんですからなあ。で、山本さんはタレントに転向しました。幸い、生まれつき親しみのある顔つきをしておりまして、バラエティー番組に出演。
 腐敗した政治には真っ赤になって怒り、悲しい事故には青ざめてやんややんやの喝采。女優との対談は見ものでして、ピンクに頬染めたかと思うと、「かわいい」とほめられると、その時は金色に顔が輝いて、眩しいのなんの。一躍、有名タレントの仲間入りを果たしました。
 このころになりますと、赤い顔と申しましても、怒りの赤から、恥じらいの赤、照れの赤と微妙に変化を付けられるようになり、まさにカメレオン男と進化していきました。


Aqua

Hot Pink







レインボー

 奥さんはマネージャーとして大活躍。酒造メーカーから赤ワインのCMの契約を取る。青少年非行防止協会から赤鬼役を持って来る。極めつきは七色唐辛子。山本さんはここで顔色をレインボーカラーに変える新境地を見せ、これまた大ヒット。



 お笑い番組からのオファーもじゃんじゃん舞い込みます。もちろん奥さんは断りはしません。真っ青な空から、真っ青な顔した課長がスカイダイビングさせたり、日焼けしたら顔色はどうなるかという実験体にされたりと引っ張りだこ。
「おい。おまえ。いくら何でも体が持たないよ。一年間休みなしですよ」
少々グロッキーな元課長、やや気色ばんで文句を言いました。
「何言っているのよ。あんた。タレントは休みがないことが売れっ子の証拠でしょ。四の五の言わないの」
と顔色一つ変えないで、尻をたたかれる始末。さすがに恐妻家。この時ばかりは奥さんの顔色をうかがったのは課長の方で、何とも哀れであります。


Light Skyblue


 てな舞台裏は別としましてタレント業は順風満帆。山本さんは大物タレントまっしぐら。ついにはニュース・キャスターにも進出してしまいました。どこの国のマスコミもどん欲さでは負けておりません。利用価値のあるものは、とことん使いますからなあ。




 そんなある日、本番中に飛行機墜落のニュースが飛び込んできました。乗客乗員が全員亡くなったという速報を、女子アナが伝えている隣で、山本さんの顔色が見る見る顔が青ざめてまいりました。まあこれはいつものことなんですが、何とその飛行機、彼が地方講演からの帰りに搭乗する予定だった便。天候不順で出発が遅れたため、キャンセルしていたのでした。
「あ、あれは私が今日乗る予定だった飛行機です!」
「えっ?本当ですか。わっ!」
とのけぞる女子アナ。
隣にいる山本さん。真っ青を通り越して顔色がありません。“顔色を無くす”という言葉、そのまんま透明になった顔に真っ赤に血走った目だけが浮いておりました。
「うわっ」
と山本さん。
「うわっ」
と女子アナ。
「うわっ」
とスタッフ。
「うわっ」
と視聴者がのけぞりました。


Light Cyan
Ghost White


 この人気男に政界が注目しないわけはありません。ついにはタレント議員として国政選挙に立候補。「国民にバラ色の未来を」のキャッチフレーズに、バラ色に染まる顔を前面に出しての選挙戦。不況風の厳しい中、無党派層を大幅に取り込んでの地滑り的大勝利。晴れて国会議員となったのであります。
「ばんざーい。万歳」
事務所全体が叫ぶ中、山本さんはまさに喜色満面。
バラ色から、金銀パールと七変化する顔色は最高潮に達したのであります。


Rose Pink



金銀パールには見えないが


 それからもとんとん拍子。当選を重ね、そのうち大物議員として、人から顔色をうかがわれる立場となりました。しかし何ですな。政治の世界は魑魅魍魎が横行するところ。きれいとは言えないお金も飛び交います。恐妻家の裏返しか、色事にも邁進しました。お得意のギャグがありまして
「こう見えても昔は紅顔の美少年だったんだぞ。今では英雄色を好むだな。がはは」
と厚顔ムチムチギャグ連発であります。
 大物代議士ともなれば、やばい話にも絡んできます。顔色も徐々に悪くなり、ある事件ではついに灰色高官の仲間入り。ツラの皮も少しずつ厚くなりまして、白髪も増え、コンクリート壁みたいな顔になってしまいました。その代わりと言っちゃ何ですが、かつての恋女房は堂々としたオバさんとなり、体重の増加とともに、化粧の厚さも増していきまして、最近では口紅、アイシャドーもどぎつく、派手になる一方。さらにはドラ息子や娘も茶髪やら金髪、さらには赤や緑に染めたりと、それはもうにぎやかななことで。久々にマスコミには「灰色高官と原色家族たち」なんて茶々入れて報道されました。
「なーに。おれはもう下っ端じゃない。マスコミがどう叩こうと、知ったことじゃない。世間はおれをさんざんおもちゃにして、笑い物にしたんだ。もう少し甘い汁を吸いたいもんだ」
“朱に交われば”何とやらの格言通りであります。ここにはあのお茶目な山本さんの姿はございません。すっかり悪人面が似合う立派な政治家になっていきました。


 鈍色

Violet

 金茶

Rouge

Viridian

 朱色

 ・ ・
Black

 大きな疑獄事件で、かなり旗色が悪かったのですが、運良く容疑をするりと逃れることができました。詰め寄る報道陣をけむに巻いて、祝杯を挙げた明くる朝。起きて、洗面所の鏡を見たところが、人生で初めての色に顔全体が覆われていました。それは真っ黒けのけ。後ろも前も分からないほど、顔は黒一色。わずかに白目の部分が残るだけ。
「うーむ。ここまで来たか」
と一言つぶやいた山本代議士。悪事を重ねての報い‥‥と青ざめるかと思いきや、「にやり」と不適にブラックな笑いを浮かべた。
「しめた。これで政界の黒幕になれる」


(佐藤 紀生)



註1.:平兼盛 (たいらのかねもり)
・平安中期の代表的歌人で三十六歌仙の1人。拾遺集・後拾遺集の主要歌人。端正な中に柔らかな情感を残す彼の歌は、古今集の伝統を円熟させたと云われている。“しのぶれど‥‥”は百人一首に収録されていて有名。こんな感じ

・和名の色の多くについて、色見本の館を参考にさせていただきました

ya1 馬鹿ミニ ya2

Antonio's Song (The Rainbow) / by Michael Franks