pinトイレに佇む白濁魔人
(佐藤家の日常から16)
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ちょっと思うこと

いつから、日本人は便所という、極めて適切な言葉を放棄してトイレなんぞと呼ぶようになったのであろうか。
「大小便をする所」という実に簡潔無比、頑固な便秘もスポーンと直る明快さでそれは長らく存在していた。しかし、その直截さゆえか、洋式便器の普及とともに、便所という言葉は次第に隅に追いやられていく。そして、その代案としてトイレットまたは、その日本語訳である洗面所が登場し、いつの間にかトイレという日本人お得意の略式名称が世間に流布していくのであった‥‥。
そういうことなんだな、ガイ!

ある日の夜

悪友連中と居酒屋で豪遊、スナックで浩然の気を養い#(1)、締めはカラオケルームで高吟#(2)したガイは、極めて上機嫌でご帰還とあいなった。
酒臭い息をまき散らしながら、ドアというドアをバタン、バタンと力任せに開け閉めし、とっくに就寝中のジジ、ババを現(うつつ)の世界に戻し、階段を蹴つまづきながら2階の居間ににぎやかに登場。弾丸のように今日の飲み会の報告をしながらパジャマに着替え、しなければいいのに、隣のあきの部屋に乱入して、寝込みを襲われたあきから罵詈雑言を受ける‥‥、とまあいつもの酔っぱらいガイをきちんと踏襲しつつ、寝る前に“ちょっと炬燵で居眠り”態勢に入ったのである。寝る前に、居眠りをするのはいつものことである‥‥。「ゴルゴの睡眠」参照▼

数分、居眠りしたかと思うと、おもむろに立ち上がり、ふらふらとトイレへ。
しかし。なかなか帰ってこない。「はて、今度はトイレで居眠りか」とボケをかましたが、ほとんど同時に「ばかめ。飲み過ぎたな」と舌打ちをくれてやった。
いつも言われているお返し#(3)に、小言の一つでもくれてやろうとトイレへ。案の定ガイは、便器のふたを上げ、うずくまっている。そして口からは白濁した液体が‥‥。
振り向くガイ。その口には果たして歯ブラシがくわえてあった‥‥。
なーんだ、吐いてなかったのかよかった、よかった、と胸をなで下ろす優しい夫‥‥って、そんな問題じゃないんだよ!

「なんでトイレで歯ぁ磨くんだよ」
「下の洗面所まで行くの面倒だなんだもの。じゃお休みぃ」

そうか。そうなら仕方がない・‥‥って、おい!
ガイが去ったトイレには歯磨き粉のペパーミントの香り。うん、さわやかなトイレじゃないか‥‥って、何かが違う!
次の日。ガイにあらためて、昨夜のことを糾す。ガイの言い分は‥‥。

「寒い時は、下に行くのが面倒でしょ。2階にも洗面所作ればよかったのに」
 (得意技その1:責任転嫁)
「あっ。大丈夫。口をすすぐ水は、ちゃんとポットに汲んできた水だから」
 (得意技その2:牽強付会)#(4)
「それにトイレ掃除もきちんとして清潔もばっちり」
 (得意技その3:本末転倒)
という合わせ技一本で、優しい夫は投げ飛ばされてしまった。

季節は初夏になった。もう寒くはない。でも二階のトイレには今でも歯ブラシと愛用のコップが常備#(5)されている。
ホームセンターに行って「便所」というネームプレートを探したが、ない。「トイレ」はある。「洗面所」もあった。日本語の衰退に心をむなしゅうする今日このごろである。

( のりお )

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あずみによる脚註
ガイって人は、非常識も通して最後は常識にしてしまうパワーをもってるよなあ。いやはや、凄いっすねえ。
1.) 浩然の気を養う:
おおらかで生き生きした気。羽を伸ばす、ゆっくりする。ガイにもあらためて浩然の気を養う必要が、やっぱりあるんだな。
2.) 高吟:
詩や歌(といっても本来は詩吟などのことなんだろうか)を声高らかに歌うこと。寮歌とか応援歌を高吟するのが筋なんだろうが、ガイの場合はカラオケも高吟になるのだろうか。
3.) いつも言われているお返し:
こんどは誰か、酔っぱらいのりおくんの日常をレポートして欲しいなあ。
4.) 牽強付会:
けんきょうふかい。じぶんに都合良いように、道理を曲げること。無理に理屈をつけること。
5.) 歯ブラシと愛用のコップが常備:
ということで、五月某日、のりおくんちの二階トイレの写真を撮ってきました。たしかに置いてあることを確認しました。いやホント。

歯ブラシ




なんだかよく分らないけど、ガイって凄いね。