pin下駄箱のトップバリュ
(佐藤家の日常から28)
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待望の高校生活十日目のこと

下校しようとして下駄箱を開けたあきは、靴が違っていることに気が付いた。
あきの靴は「ハルタ」というティーンエージャーの女の子に人気がある(らしい)ブランドものだが、その靴のインソールには、ブランドはブランドでもついに宿敵イトーヨーカ堂を抜き、売り上げ日本一の座を手に入れた#(1)大手スーパー「ジャスコ」のオリジナルブランドであり、ジャスコの売り上げ増に大いに貢献しただろう「TOPVALU」の銀文字があった。
まあどっちにしろ大した差はないと、男は思うが、曲がりなりにも女に属する彼女にとっては一大事だったのだろう。あきの顔色がさっと青ざめた —— と母親が親友同士のため幼なじみで、しかも高校で偶然にも同じクラスになった、Sちゃんは証言する。
「靴が違う!だれかが間違って履いていったみたい」と喉ちんこを振るわせて叫ぶあき(たぶん)。
買ったばかりのおニューの靴である。付近にいた同級生が、
「もしかしたら違う下駄箱にあるかもしれない」と捜索を手伝ってくれた。さらには騒動を聞きつけた先生まで加わり総勢30人が、校舎を上 を下への大騒ぎ。ところが一時間にわたるローラー作戦も空振り。靴の行方は杳として分からなかった。
「もしかしたら盗まれたかも」と、友人の一人が言う。
「まさか」と反論したあきだが、確かに怪しいフシを感じた。
「‥‥そうだよね。サイズは23cmで同じだけど、靴なんて履いたら『違う』ってすぐに分かるよね。デザインも全然違うし‥‥。気付かないなんて鈍感な人ないよね。‥‥ということはやはり盗まれたのかも」と見事な推理を展開。うなずく友達と先生。場の雰囲気は、間違い説から盗難説へと徐々に変化しつつあった。
「それに言っちゃ悪いけど、ハルタは7000円もした#(2)んだし、トップバリュなんて安い靴と取り換えたい人がいたんじゃないの」と、怒りもふつふつと沸いてきた。
とはいうものの、学校での出来事である。盗難と決めつけては生徒が犯人ということにもなりかねない。教育上そうは簡単にはいかないし、そうしてはいけない。明日あらためて間違った人を探す —— ということであきは、運動靴を履いて下校。Sちゃんの家に寄って、自宅に電話を入れた。

「お母さん、聞いて!私の靴盗まれちゃったの!」と受話器に、怒りをぶちまけるあき。
しかし受話器の向こうのガイは珍しく冷静だった。
「あんた、何言ってんの。今日お母さんの靴、間違えて履いて行ったでしょ」

世界はくるりと反転した。

「えええっ!も、もしかしてお母さんの靴ってトップバリュの安いやつ?」#(3)
「ふん。悪かったね」
「ひゃあああぁぁ」

という何とも表現のしようのない奇声を上げて電話は突然切れた。

その後、あきは学校にまさに飛ぶようにとって返し、先生にしどろもどろになって事情を説明。職員室中に失笑というにはあまりにも大きな笑い声が響いたという。「学校史に残る話だな」と担任に言われ、顔から火が出たとあき。当然だろな。
何せ「靴なんて履いたら『違う』ってすぐに分かるよね」「気付かないなんて鈍感な人ないよね」と見事な推理を展開したばかりなのである。その言葉はすべて自分のおバカさに跳ね返ってくるのだから。しかも実の母親の靴を安物と決めつけたのだ(事実ハルタの半分の値段らしいが、安物とはかわいそうである)。
とても恥ずかしい思いをしたのに、親友Sちゃんの家に戻り、今日の顛末を大笑いする2人。その2人の話を優しい笑顔で聞いていた、ガイの親友のMさん#(4)はさすがに「あきちゃん、笑いごとじゃないでしょ」とたしなめたそうな。

あきが帰った後、MさんはSちゃんに、
「あんた、あきちゃんの面倒をちゃんと見て上げなさいよ。みんなに迷惑かけるからね。‥‥お母さんもそうだったんだから」と、しみじみと漏らしたという。ガイと過ごした高校時代。Mさんは、ガイの巻き起こすさまざまな珍事の尻拭いをしていたに違いない。親子二代で、そういう運命になるとは。実にすまないことではある。
(‥‥これからはSちゃんから高校でのあきの様子を取材しよっと)

( のりお )

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あずみによる脚註
靴が盗まれたとか、間違えられたなんてのはよく聞くけど、話がここまでスピーディーに展開するとはさすがにあきちゃんだなあ。
1.) 売り上げ日本一の座を手に入れた:
スーパーの売り上げでは日本一をマークしたジャスコだが、物販の売り上げ首位は、イトーヨーカ堂系列のセブンイレブンが奪い去ったのは皮肉だった。
2.) ハルタは7000円もした:
ハルタの靴は本当は8000円もしたらしい。この一文を読んだあきちゃんは、その点に一番ご立腹だったそうな。あきちゃんって、いい性格してるね(2001/5/27)
3.) トップバリュの安いやつ?:
そんなに安くはないかもしれないが、ご覧のようにだいぶくたびれていて、これを履いたときにおニューの靴との違いが分からないとは、あきちゃんはやっぱり粗忽者だな。ガハハ。
topvalu

4.) ガイの親友のMさん:
ピアノの先生。穏やかで優しく行き届いた性格で面倒見も良い。のりおくんは彼女にはその他にもいろいろ良いところがあると、常々公言している(しかもガイの前で云うのが好きみたいだ)
5.) 追記:
この靴の前に立ちはだかるさらに数奇な運命については、こちらをどうぞ。(2002/2/7)




ブランド物の靴が8000円とは安い気がするが、それもデフレの影響か?