pinさわやかで堂々と‥‥
(佐藤家の日常から40)
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その日は朝からいい天気だった。

あきはすがすがしい空気を胸いっぱい吸い込むと、いつものように元気に家を出た。
母親が眠い目をこすりながら、数少ないレパートリーを駆使して作ったお弁当をしっかりとカバンに詰め、高校へと急いだ。
途中、あきは中学校時代からの友達であるケイちゃんの家に寄る。これも日課だ。
「おはようございまーす」
大きな声で元気よくあいさつ。プラス笑顔。のべつ幕なしパワー全開の母親が持つ数少ない美点が、ちゃんと受け継がれているのだ。小学一年生が一番最初に先生から教えてもらう「いつも元気にあいさつしましょう」#1.)を16歳になった今でもきちんと実践しているともいえる。あっぱれな高校生である。
別にこれは朝に限ったことではない。友達の家に遊びに行っても「こんにちは!」とニコニコ顔でごあいさつ。たとえ友達の家族が人数分しかないメロンを食べている最中で、何となくバツの悪い雰囲気に、ふと視線が泳ごうがお構いなしの「こんにちは」ウイズ・スペシャルスマイル。シャイな友達のお兄さんが軽く会釈で通り過ぎようとしても、真っ正面から100%のさわやかさで、はっきり、くっきりと声を出す。一点の曇りもない。
万が一、友達の家に悪霊が巣くっていようとも、あきが毎朝訪れれば、妖気も邪気もいっぺんに吹き飛ばしてしまうのではないか。もちろん母親のガイの場合は、一にらみで気の弱い悪霊なんぞはジュッと音を出して蒸発してしまうだろう。そのうち染之助・染太郎師匠#2.)の後任として全国に「おめでとうございます」とごあいさつをし、世の中の不況も一掃してほしいもんだ。あっ。もちろん夫であり父である不祥、私がマネジャーとして、がっぽりと儲けると。こういう算段にしたいなあ。
脱線した。そう。すがすがしい朝。いつものようにあきは‥‥

ケイちゃんの家に到着した

「おっはようございます!」
と玄関に入るあき。いつもはケイちゃんがどたどたと出て来るのだが、その日に限って、出て来る気配がない。代わりにケイちゃんの父親が顔を出した。
「おはようございます。あれ?ケイちゃんは」
「まだ寝ているだけど‥‥」
「えっ?そうですか」
 (ケイちゃん、寝坊したのかな)
「じゃあ先に行ってます。行ってきまーす」
と、ケイちゃんの父親に再び元気なあいさつ。きびすを返そうとしたあきに、ケイちゃんの父親は戸惑いの表情を浮かべた。
「あれっ。あきちゃん。きょう学校休みじゃないの?」
ケイちゃんの父親は娘から「明日は休校日だから」と聞かされていたのを思い出していたのだ。
その声に振り向いたあき。顔が一瞬曇る。
 (えっ?ケイちゃん、風邪引いたのかな。どっか具合悪いんだ‥‥。そうかあ。今日は休むんだ)
「そうですか‥‥分かりました。じゃあ行ってきまーす」
と、学校に歩き始めるあき。今度はケイちゃんの父親の顔が曇る。
 (あれ。確かに今日、学校休みだよなあ。ケイは確かにそう言ったよなあ。引き留めた方がいいよなあ)
決心して再び、あきの背中に向けて、こう声をかけた。
「‥‥あのう。あきちゃん。今日、学校休みだってケイが‥‥」
そこまで聞いたあきは、合点承知の顔をケイちゃんの父親に向けた。
 (学校に行けなくてケイちゃんかわいそう。頑張って風邪直してね)
「はーい。分かりました。行ってきます」
とさわやかに、元気に、この日何度目かのあいさつをすると、ぼう然とたたずむケイちゃんの父親を残し、学校へ向かった。

学校に到着したあきは、担任の先生から今日は休校日で全校生徒休みという事実を突きつけられた。「えっ」と驚くあき。やっとケイちゃんの父親の困惑した表情の意味を知った。
すぐケイちゃん家に電話したあき。ケイちゃんによると、ケイちゃんの父親は「あまりにもあきちゃんが堂々としているので、おれの方が間違っているような気がしてきた」とぽつりと漏らしたという。
恐るべし!取り調べを受けるうちに、やってもない犯罪を自白してしまう容疑者の気持ちがよく分かるというもんだ。相手が悪いはずなのに、その堂々とした態度に気をされて、いつのまにか「おれが悪かった」と思わされた経験はだれにでもあるのではないか?
私は、疑惑モードのガイに追求され、しどろもどろで抗弁した恐ろしい過去#2.)を思いだした。
しかし。あきの場合は明るく、さわやかで堂々としているのだから手に負えない。これからも何人の被害者が出るのだろうか?楽しみ、もとい不安であるウイズ・スマイル・バイのりお。

( のりお )

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あずみによる脚註
わたしは朝がにがてなので、元気がある人がうらやましいかも。
1.) 「いつも元気にあいさつしましょう」:
おれも、おもての掃除中に小学生に元気にあいさつされることがあるけど、元気すぎると逆にびびってしまうよ。
2.) 染之助・染太郎師匠:
海老一染之助・染太郎。伝統演芸太神楽(だいかぐら)の継承者としてよりも、お正月番組に欠かせないお目出度い芸風、「おめでとうございまーす」とどこまでも明るく場を盛り上げることで有名。弟が芸担当の染之助。兄が話し担当の染太郎。染太郎さんは2002年2月に亡くなっている。
3.) 恐ろしい過去:
どんなに、恐ろしかったかは「ちょろまかしの誤算」を読んでね。




おれなんかは、気の弱い友人の兄って配役だろうな。