pinバイキングの顛末
(佐藤家の日常から41)
yoko
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佐藤家の旅行というと、必ず何かが起きることになっている。

毎度のことなので、いちいち驚いてはいられない。そして多くの場合、騒動の犯人はガイというのも、これまた佐藤家のお約束なので「ああまたか」で済む。その意味では実に平和である。
財布を家に忘れようが「ふふん」#1.。ガス欠になろうが「ははん」。ゆーたを旅先に置き去りにしようが「へへん」だ。まあさすがに長嶋茂雄・巨人軍永久不滅監督#2.のように、我が子の置き去りだけは今のところないが、これとて今後おきないとは断言できない。実家にゆーたを置き忘れて帰宅したという過去があるのだから。まあ実家とは車で十分の距離なので実害はないとはいえ、油断はできない。

今年は、春休みに恒例の東京食い倒れツアーを敢行したので、夏休みは、お手軽に仙台市郊外の秋保温泉に一泊で出かけた。
あきは、温泉の効能などには目もくれずとにかく食事優先。種類の豊富さと、食べ放題の魅力からか、いまだに「バイキング」にこだわる16歳である。この食欲志向は母親の血であることから、母親も異存があるわけもなく、今回は夕食についてもミニバイキングを組み合わせた超・観光ホテルが「佐藤家ご旅行計画宿泊施設選定委員会」(佐藤あき委員長)で提案され、父親の反対意見をものとせず、ガイはもちろん、根回しを受けたゆーた、さらには中立派のばあーちゃんの取り込みにも成功し、採決の結果4対1で可決された。残念なことに父親の拒否権は、あき得意の「どうだれ、こうだれ」#3.機関砲・速射口撃で完膚無きまでに粉砕されてしまった。とほほ。
気仙沼市から石巻市まで国道45号で南下し、三陸縦貫自動車道で仙台まで。2時間半ほどで超・観光バイキングホテルへ到着。「なんとか風呂」「かんとか風呂」と、種類だけ多くて、別にこれといった工夫もない湯船だったが、ゆーたと意地になって全クリしたため、結果として、頭がぼーっとなるほどノボせてしまった。貧乏性はばーちゃん譲りである。
それでも腹は減る。ようやく夕食ということで別会場へ移動。案に相違して、小上がり形態のなかなか小粋で落ち着いた場所にホッとした。目の前のテーブルには先付けなど数品のみのおかず。他は「バイキングだぜ。ヤロウども、食いたいだけ持ってきやがれ!」という、あきが泣いて喜ぶシチュエーションであった。つまりこれがミニバイキングなのね —— と思いつつビールで乾杯。一応、温泉に来たという感慨を味わうオヤジ。‥‥だが見回すと誰もいない。ばーちゃんも無理矢理連れて、バイキングの食べ物ゲット!に父親以外は全員出動していった。
ビールを手酌で寂しく注いで、2杯目も空けようかというとき、戦利品を抱えた4人はにぎにぎしく帰還。ばあちゃん以外は山盛りである。体面なんて気にしない佐藤家だが、旅先になると体面という言葉自体がゴミ箱行きとなる。

事件はまさに、この席で起きた。

まあ、よくぞここまで持ってきたーと感心するくらいガイの皿はてんこ盛りであった。にぎり寿司に肉料理各種、天ぷらに、フルーツなどなどごっちゃり。あきれていると、何と2度目の出撃をすると言うではないか。いいのか?普通は持ってきたごちそうを食べた後、「いやあ。やはり温泉はいいですなあ。心も体もリフレッシュ。食べ物もおいしいし、普段以上に食欲もでるというもんですよ。ははは。それと、ここの料理はおいしいですなあ。いやいや。ほんとです。恥ずかしながら、不祥ワタクシ、またご馳走を取りに来てしましたよ。ははは‥‥」と、照れ混じりで控えめに再度、席を立つ —— というのが良識ある大人のする行動ではないのか?
ガイにも五分の良識があったというか、たぶんそれは仲居さんの視線を気にしたためなのだろうが、さすがにてんこ盛りの皿をどどーんと置いたまま、堂々と再出撃するのは気が引けたのだろう、皿を急いでテーブルの下に滑り込ませた。
「あっ、だめだって‥‥」と言いかけた刹那、てんこ盛りの食べ物は見事にテーブルの下の空間に落下していった。
そうテーブルの下は掘りゴタツ形式だったのだ。落下する中トロ、甘エビ、ウニの寿司3カン。落ち行く春巻き、肉団子。引力に従うイカ、イモの天ぷら。転落するブドウ、スイカなどフルーツ各種‥‥。
ドシャ!という音とともに、散乱する中トロ、甘エビ、ウニの寿司3カン。散らばる春巻き、肉団子。離ればなれになったイカ、イモの天ぷら。転がるブドウ、スイカなどフルーツ各種‥‥。
足下にある食べられなくなった中トロ、甘エビ、ウニの寿司3カン#4.。食べ損なった春巻き、肉団子。食べ物としての存在価値をなくしたイカ、イモの天ぷら。たぶん食べてもらえないんだろうなあーと短い一生を悔やむブドウ、スイカなどフルーツ各種‥‥。
仲居さんが飛んできた。平謝りするガイだったが「堀ごたつだとは知らなかったもので」と言い訳だけは、何度も繰り返す。潔くない女、43歳。B型、天秤座。
騒動が一応収まった後も「たぶん。私だけじゃないよ。だって夏なのに掘りごたつなんて気がつかないよ、普通は」と、自分が普通だと思っている女。1958年・気仙沼市後九条生まれ、専門学校卒。

これだけの失態を演じたのだから、取り乱し、食欲も減退、気分は奈落の底に落ち込み、シュンとするのが人の子だと思うのだが、全く反省していない。「人さまに迷惑かけたんだから、少しは慎め」と、優しく(うそ)諭そうとしたのに、ふと見るともういない。落とした分を補充すべく、3度目のバイキング出撃に出かけてしまった。
あきはエレガント#5.にバイキングを召し上がっている。
ゆーたはかわいい仲居さんに鼻の下を伸ばしている。
ばーちゃんは居眠りをしている。
なーんだ、いつものことではないか。ははは。佐藤家の日常ではないか。うはは。

たぶん安住家も、そんなんだ。武山家も似たりよったりさ。小野寺家なんてまさにそうに違いない。菅野家だってご同輩だ。もちろん熊谷家なんて間違いないさ。小山家は言うに及ばない。みんなそうだろ?そうだーと言ってくれ。頼む!友達じゃないか!後生だから。

( のりお )

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あずみによる脚註
あまり喰えないからバイキングは損するタイプなので、なんだか話を聞いただけでもゲンナリしたぞ。
1.) 財布を家に忘れようが「ふふん」:
ガイは、一人で旅行に行ってもサイフをわすれるもんね。ちょろまかしの誤算参照
2.) 長嶋茂雄・巨人軍永久不滅監督:
長嶋さんが現役を退くのにあたって、巨人軍終身名誉監督とかいうわけの分からないものを送ったのは、やっぱりナベツネさんなのかね。
3.) 「どうだれ、こうだれ」:
「どうだれ、こうだれ」って、気仙沼弁の一種かな?一般的には「ああだの、こうだの」でいいよね。
4.) 中トロ、甘エビ、ウニの寿司3カン:
よっぽどウニが食べられなくなったのが、悔しかったんだね。
5.) エレガント:
あの、エレガントなあきちゃんが、ここまで大きくなったのだねえ。時のたつのは、早いなあ。エレガントな朝食の謎参照してね。




落下した、ウニやら肉団子やらブドウやらは、だれも喰わなかったのだろうか?