pin盲腸もDNA
(佐藤家の日常から69)
yoko
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去年の暮れ、あきは腹痛で入院した



卒論もどうにか提出し、クリスマスを友人や同じ寮の仲間などと大いに楽しんだ、あき。その反動か、彼女はまたも腹痛に襲われた。

大学入試のときもそうだったし、その後もたびたびひどい腹痛に悩まされていたが「また胃腸炎?」と、こちらも慣れたもので、心配は心配だけど薬で比較的簡単に治るし「例の」「いつもの」という感覚だった。
26日に、近くの少し大きな病院で「風邪から来る胃腸炎」との診断を受けた。こちらも「やっぱり」という感想。点滴で痛みはあっけなく消滅したとのメールがガイにあった。毎日通院して点滴治療するよりも、入院した方がいいという病院側の提案もあり、軽い気持ちで入院することに。
帰郷予定は29日だったが、30日に変更。退院の準備を始めた矢先。28日の深夜に再び痛くなり、それが徐々に悪化。2回目のCT検査で、虫垂が脹れていることが分かり、虫垂炎と断定。29日に緊急手術となった。

虫垂炎はありふれた病気だが、病院の看護師さんからの電話では「一度、痛みが消失したことから、虫垂が破裂した可能性もあります」というインフォームド・コンセント#1.。小心者の私の心臓は、みるみる縮み上った。
実は、いま天国にいる佐藤家のじいさんは、若いころ代議士秘書をしていた。ひどい腹痛があり医者の指示で温めていたが、その日どうしても国会に行かねばならぬ用事で、無理してでかけたところ議事堂で昏倒。別の病院に運び込まれ、そこで虫垂炎から重度の腹膜炎を起こしていることが分かり、手術。その後、数日の間、生死の境をさまよったそうだ。お腹を温めるというのはトンデモ治療だった#2.
かくいう私も、高校2年の3学期に虫垂炎になった。痛み出したのは夜で、朝までうんうんうなった。翌日すぐに手術。その日は何と、すぐ下の弟の高校受験日。朝まで、兄が夜通し「痛〜い、痛い」と大騒ぎしたんだから、とても迷惑だったに違いない(笑)

私の心臓を縮み上がらせた「破裂していれば、腹膜炎の可能性もある」。この恐ろしい想像は、しかし現実となった。
あきと、手術の夜に東京に駆けつけたガイの話を総合すると、虫垂は真っ赤に脹れあがり、一部が破裂。しかも虫垂は大腸と癒着し、さらに石も出来ていたという。腹膜炎にもなりかけており、腸全体に広がる一歩手前だったというから恐ろしい。術後、医者からの電話では「徹底的に消毒したので大丈夫でしょう」と聞き、安堵する以上に、おののいてしまった。
そしてその原因をたどると、そう高校の修学旅行のときの「病院一泊朝がゆ付き」騒動#3.に行き着くのである。ちょうど5年前のことだ。あのときの腹痛はやはり虫垂炎だったのだ。虫垂炎の可能性もあるとの判断があったが、何せ楽しみにしていた修学旅行中。あきの強い希望で薬で散らした過去があった。
今回はまさに虫垂炎、5年目の復讐であった。いろいろ調べたが、虫垂炎は腹膜炎を併発するケースが決して少なくなく、侮れないことがよく分かった。

祖父は死にかけたし、父は弟の受験前日、あきは修学旅行中と今回は年末年始という、親子代々まあ何とも人騒がせな発病であることよ。
しかし、これで長年悩まされてきた腹痛の原因は取り除いたので、「災い転じて福となす」 —— と喜ぼう。

その後の回復の早さには、医者も驚かされたという。病院食も欠かさずペロリと平らげ、手術後の傷口抑えながら、バカ話に話を咲かせたそうだ。若さというか、ガイの遺伝子というか、強靱な体力にはあきれるしかない。
腹膜炎を起こしかけていたのに、手術からわずか4日後の1月2日には退院#4.。しかも、その日の夜にはガイとともに帰省。連日、台所を占拠し、野菜ソムリエの知識を駆使して、料理を作りまくっていた。ばーちゃんからは「あき、片づけるのも料理のうちだよ」というお小言ももらうくらいに、大張り切りであった。
「だって冷蔵庫見たら、賞味期限切れギリギリのものばかりなんだもん。お母さんだめだっちゃねえ」と、いつもの、あき節も出ていた。
まあそのガイも、あきの寮の部屋が「のだめ」状態#5.だと言って、掃除に2日もかけたらしい。「あきの巣穴」#5.は東京にもやはり存在したのだな(笑)

昨年は、妹の大病から始まり、あきが締めくくった。妹も順調に回復し、日常生活に支障なく暮らしている。正月には、お互いの再会を喜んでいた。5年越しの病気も成敗したし、佐藤家らしいどだばたした年末年始#6.であった。
ただ一つだけ。ガイが仕事で、とても病院には駆けつけられないと思い、看護師さんに「寮母さんに迷惑かける訳にいきませんので、私が今日中には上京します」と電話したのだが…。その数分後、手術前でとてもお腹が痛いのにもかかわらず「お父さんが来ても、かえって困るし、心配だから」とあきから電話。
後で聞けば、看護師さんも寮母さんも、ガイもみんな同意見だったらしい。娘の手術だし、男親は何の役にも立たない。それと確かに、気が動転すると一番心配なのは小心者の私であることは認めざるを得ない。でもほんのちょっと寂しい父であった(笑)


( のりお )

yoko
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あずみによる脚註
たいしたことなかったから笑えるけど、虫垂炎ってこわいんだねえ。ともかく、しばらくはお大事に。って、いまごろは完全復活してるんだろうな(^^)
1.) インフォームド・コンセント:
「正しい情報を得た(伝えられた)上での合意」。親だから手術前にキッチリと説明があるのですね。
2.) トンデモ治療だった:
確かに腹膜炎を温めたら悪いだろうが、CTスキャンが普及する前は、虫垂炎というのは診断が難しかったらしいね。
3.) 「病院一泊朝がゆ付き」騒動:
京阪神への修学旅行中に腹痛で一泊入院したときの顛末は▼「大阪で食い倒れ」参照してね。
4.) 1月2日には退院:
退院の時、先生から抜糸まで「運動は控える」「飲酒も控える」などの諸注意を受けた、あき。思い詰めた表情で「先生。キムチ鍋は食べて大丈夫ですか?」「大丈夫ですよ」「炭酸は飲んで大丈夫でしょうか?」「大丈夫ですよ」「カレーは…」と次々と好物が食べられるか確認していたそうだ。その食いしん坊ぶりに、ガイは苦笑せざるを得なかったそうだ。(この項 のりお)
5.) 「のだめ」状態 &「あきの巣穴」:
「のだめ」は二ノ宮知子のマンガ▼「のだめカンタービレ」主人公野田恵のことで、彼女の部屋はつねにゴミで溢れている。あきちゃんの部屋については▼「あきの巣穴」参照のこと。
6.) どだばたした年末年始:
あきが帰京する際、私もガイと一緒に一ノ関駅まで車で送る予定だったけど、何と朝から下痢で断念。風邪から感染性胃腸炎となってしまった。うはは!
あきも、あきで、お世話になった人のために朝、大量に焼いたクッキー、そのバターと甘い香りが全身の服に染み付いたため、車酔い。新幹線1本乗り過ごしたというから、オチまでおバカな父子なのであった。(この項 のりお)




そんなに悪かったのに一回目のCTでは分からなかったってことだよねえ。ああ怖い。